び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

 第4回S.A.コスビー  その2

 引き続きコスビー特集をお送りします。今回取りあげるのは『Blacktop Wasteland』の前の作品である『My Darkest Prayer』。まさにS.A.・コスビーの原点がここにありといった感じの一作です。さっそくご紹介しましょう。

 

My Darkest Prayer

 

【あらすじ】

 ネイサン・ウェイメイカー。父は白人、母は黒人の混血児として生まれ、いじめを受けながら育つ。海兵隊を除隊後、保安官補として働くが、五年前に両親が交通事故死をしたのを機に辞職し、その後は従兄のウォルトが経営する葬儀屋を手伝っている。ときには町民に頼まれて探偵まがいのこともしている。家出娘を捜して連れ帰ったり、子供にいたずらをしていた保育士の男を懲らしめたり。

 そんなある日、牧師のエサウが殺された。しかし保安官事務所は腐敗しきっていて、捜査は一向に進まない。業を煮やした教徒の一人はネイサンに調査を頼む。軽い気持ちで引きうけたネイサンだったが、事件を調べていくうちにエサウの裏ビジネスに気づく。彼は郡の有力者を集めて乱交パーティーを開き、その様子を盗撮して恐喝をしていたのだ。その動画のデータが入ったUSBメモリを偶然手に入れてしまったがために、ネイサンは命を狙われる。犯人は動画に映っている乱交パーティーの参加者で、ネイサンも知っている意外な人物だった。その人物は、ネイサンが調査の過程で恋仲になったエサウの娘のリサを誘拐し、USBメモリとの交換を要求する。果たしてネイサンはリサを取り返すことができるのか?!

人の数だけ人生あり。有象無象の人間模様

 舞台はコスビーのホームグラウンドでもあるヴァージニア州リッチモンド市からクイーン郡、マシューズ郡、グロスター郡を股にかけてストーリーは展開していきます。ネイサンが愛車のピックアップトラックリッチモンドを走るシーンでは、南部連合の旗をつけたマリーノのSUVと擦れちがっていそうな感覚を覚えます。

検屍官 (講談社文庫)

 本作は、ストーリー構成としてはややバランスを欠いているかもしれません。何せ前半はメインプロットの方がほとんど進展せず、事件に関係する様々な人物の人生について語ることにページを割かれているのです。エサウ牧師の事件の調査を依頼してきた教会の老婦人の痛ましい身の上話、エサウの娘のリサの過去、そして勿論、ネイサン自身が抱えるどす黒い秘密も。しかしその合間には、性交中に亡くなった老女が後背位のポーズのまま死後硬直して葬儀屋に運ばれるといった笑える出来事も挟まれています。コスビーのバイオによると彼自身も葬儀屋で働いていた経験があるということなので、老女の話は実話なのかも(笑)。

 この前半部分ではネイサンが保安官補を辞めた理由も明かされているのですが、その保安官事務所ってのがもう……ルー・フォードかトム・ロードがいてもまったく違和感のないような、1960年代で時間が止まっているような所なのです。白人至上主義者の保安官補たちは平気でネイサンに嫌がらせをするわ、証拠紛失、改ざんは当たり前、といった具合に腐敗しきっています。

 

 半分すぎたあたりからストーリーは動きだして急展開を迎えるのですが、それと同時にネイサンもキャラ変していきます。それまでは、まさにノワール・ミステリーにふさわしく、陰のある男という描写のされかたをしていたのですが、エサウ牧師の娘のリサと仲良くなったあたりから(彼女を笑わせようとして、という理由もありますが)やたらと冗談を飛ばすようになるなど、初期設定はどこへやら、気がつくと逞しくセクシーなモテ男になっていて、町のあっちこっちに既セクがいて、ときに彼女たちから有益な情報をもらったりするキャラに。それはまるでキャラクターが作者の手を離れて一人歩きをしていくかのようで、ネイサンはどんどんリアルで親しみのある身近な存在に感じられていきます。

 そしてもう一人、本作を語る上で欠かせないキャラ、それはネイサンの相棒スカンクです。スカンクはネイサンが両親を殺した男に復讐するときも手を貸してくれた男で、普段はプロの犯罪者として飯を食っています。この手のストーリーには不可欠なキャラですよね。いくらノワールだのダークヒーローだのといっても主人公が違法なことをやるのは限度があります。そのラインを超えるとソシオパスの領域に入ってしまいますので。ゆえに余計な倫理観を持たず率先して非合法なことをやってくれる相棒が必要になります。それはピーター・アッシュ・シリーズでいえばルイスであり、スペンサー・シリーズではホークであり、イージー・ローリンズ・シリーズではマウスなわけですが、本作のスカンクはもはやパクリかというくらいマウスまんま! コスビーはネイサンの愛車にブラック・ベティと名付けるなどウォルター・モズリィへのリスペクトを公けにしていますが、スカンクの存在はその最たるものでしょう。しかしホークだのマウスだのスカンクだの……動物園か!(笑)

ブラック・ベティ (Hayakawa Novels)

もっともウォルター・モズリィ自身スカンクのキャラを使い回ししていて、2019年にエドガー賞を受賞した『流れは、いつか海へと』ではメルカルトがその役に当てはまっています。

 

 ネイサンはスカンクにたびたび命を救われますが、ラストではネイサンが被弾して治療を受けている間に犯罪現場を漂白剤で拭いてネイサンの指紋やDNAが一切残らないように後始末をします。完璧や! ぜひネイサン&スカンクでシリーズ化してほしいところですが、コスビーは現在、ヴァージニアを舞台にしたゴシック・ミステリーを執筆中とのこと。そちらも楽しみです。

 とまあ、S.A.コスビーの未邦訳(2022年2月現在)二作品をご紹介しましたが、この二つのあいだに『Blacktop Wasteland』(黑き荒野の果て)を入れて、三つの作品は微妙にリンクしています。たとえば、『My Darkest Prayer』でエサウ牧師の教会をマネーロンダリングに使っている犯罪組織の親玉のシェイドは、名前だけですが『Blacktop Wasteland』の登場人物の一人であるレイジーというギャングのボスの競合相手としてちらっと出できますし、『Blacktop Wasteland』で被弾した宝石店の店長のところへ事情聴取にやってきた警察官ラプラタは、『Razorblade Tears』でイザイアとデレクの殺人事件の担当刑事として登場しています。

 この三作品を読むと、やはり際立っているのは『Blacktop Wasteland』かな。あの疾走感とエッジの効いた世界観はもはや誰も到達できないでしょう。『Razorblade Tears』はいい意味であざといというか、万人向けにかなり柔らかくなっています。この三作品、一気読みというのもかなり贅沢なのではないでしょうか。

 

 さて、次回はさわやかなアクション物である『Western Fringes』byアーメル・アンワルをご紹介する予定です。2008年にCWAのデビュー・ダガー賞(メジャーに出版されていない作品が対象)を受賞しているのですが、なぜかその後メジャーデビューまで九年かかっています。ということでメジャーの出版社から発表されたのは2017年で、その続編は2021年のCWAゴールドダガー賞のロングリストにも選ばれています。お楽しみに!