び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第10回 ミック・ヘロン考察 その2

 前回でも触れましたが、『Reconstruction』は『窓際のスパイ』/『Slow Horses』シリーズの前奏曲ともいうべき作品になっています。

Reconstruction

Reconstruction

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 これを読んでからだと、『窓際のスパイ』によく出てくる “ミロ・ワイスの一件”のことやサム・チャップマンが何者なのかがよくわかります。ではさっそくご紹介しましょう。

 

【あらすじ】

 時は2008年。イギリスの情報局の会計課に属する事務職員ミロ・ワイスがイラク復興資金を横領して行方をくらました。局の内部調査課のリーダー、バッド・サムことサム・チャップマンと部下のニールはミロの行方を追うため、ミロの同性の恋人のジェイミーをおびき出して拘束しようとしたが逃げられる。その際にニールは車にはねられて重傷を負った。

 命からがら逃げ出したジェイミーは拳銃を持って保育園に侵入し、園児二人とその父親、保育士のルイーズ、掃除婦のジュディを人質に取って立てこもる。そしてミロの同僚ベン・ウィスラーと話したいと要求。ミロが、おれに何かあったら同僚のベンを頼れ、と言っていたからだ。  

 警察は要求を呑み、ミロの同僚ベンを現場に連れてくる。ベンは保育園に入ってジェイミーと会い、なぜこんなことをしたのかと訊く。ジェイミーは、恋人のミロが行方不明になり、自分もサムとニールに命を狙われて不安だったのでベンに頼りたかったと説明。さらにこの保育園を選んだのは、ミロが去年、復興資金の不正流用を調査しにイラクに行って帰ってきたときに話していたこと――イラクでは様々な建設プロジェクトに金は注がれていても、実際に建物は建てられていない。子供たちが苦しんでいるというのに大企業は太り、その間に恋に落ち、死んだ者もいれば、そのせいでオックスフォードの保育園に身をやつした女性【レディ】もいる――という話を思いだしてここまで来たのだと言う。

 ベンはその話を聞き、自分の推理を話してきかせた。おそらくサムとニールがミロをそそのかして二億五千万ポンドを横領をさせ、それを横取りしてミロを始末した。そして、恋人のジェイミーも何か知っていたら困るので口封じをしようとした。だが失敗し、ニールは交通事故に遭った。となると、いまはジェイミーを狙っているのはサムだけだ。ベンは、ここを出たらジェイミーをサムから守ってやると約束して人質を解放しろと説得。ジェイミーは聞き入れて言うとおりにした。そのあとは、ジェイミーがベンを人質に取って保育園を出る、というていを装って二人で逃げ、どこかの隠れ家で身を潜めようということになった。

 ベンは、ジェイミーが握っている拳銃を自分のこめかみに当てさせ、間違っても引き金は引かないでくれよと言いながら警官が包囲している外に出る。その様子を緊張しながら見守るスワット。ジェイミーに銃を突きつけられた格好で歩くベン。一瞬足元がふらつき、前のめりになって転びそうになる。狙撃手はそのタイミングを逃さなかった。ジェイミーの脳が飛び散った。

 その頃、解放された人質の一人である保育士のルイーズは、前の職場の銀行に来ていた。彼女はジェイミーの話を聞き、オックスフォードの保育園に身をやつした女性【レディ】とは自分のことだ、と確信していた。当時上司のクリスピンと不倫をしていたのだが、それがばれてルイーズは辞職を余儀なくされた。クリスピンは寝物語で、マネーロンダリングもやろうと思えばできる、と言っていたことを思いだす。ミロが大金を手にしたとしても、それを動かす知識はない。だから金に精通した人間が必要なはずだ。それがクリスピンだったのだろう。彼はミロと話をしているときにルイーズのとこを話題にしたにちがいない。つまり自分は期せずしてこの件の中心人物になっていたのだ。

 銀行の受付でクリスピンに会いたいと告げるが、あいにく彼は不在だった。銀行を出ると、サムに出くわした。ルイーズは腕を掴まれて地下鉄のエレベーターに乗せられる。そこでサムは衝撃的な話をした。クリスピンは事件に関係ない、そして “レディ”は掃除婦のジュディだったと。

 ジュディの夫デレクは軍事会社の技術者としてイラクで働いていて、そこでミロと知り合った。デレクの会社は実際は何も建設せず、請け負った仕事を二次、三次の下請け業者に移すだけで多額の利益を稼いでいた。そのときはそれでいいと思っていたが、デレクは妻がいるにもかかわらず、ある女性に恋をした。そして気持ちに変化が起こったのだろう、自分のやっていることに罪の意識を感じるようになった。そしてその気持ちをミロに打ち明けた。しかしデレクは恋人を乗せてジープを運転中、地雷に乗りあげて死亡した。そしてロンドンで彼を待っていた妻は収入のよりどころを失い、保育園で掃除婦をやるはめになった。ミロはイラクから帰ってきて、その話をジェイミーにしたのだった。

 ニール、ベン、ミロは組んでいた。しかし分け前の取り合いになり、ニールはミロを殺し、さらにジェイミーも何か知っているかもしれないと思って口封じのために殺そうとしたが、交通事故に遭ってしまった。ベンはジェイミーを丸め込んで人質として保育園を出て、わざと躓いてジェイミーが狙撃手に狙われるよう仕向けたのだ。

 サムとルイーズがエレベーターを出たとき、ベンが逃走したという情報がサムの携帯に入った。局はベンの携帯電話を追跡していたので、彼がヒースロー空港に向かっていることがわかった。サムは、ベンを追うために空港へ行くと言ってルイーズと別れる。だがルイーズは、もしかしてベンはユーロスターで国外脱出をするのではと思い、ウォータールー駅のユーロスター線乗り場に行った。自分でもなぜこんなことをしているのかわからない。わかるのは、自分は“レディ”ではなかったということだ。この件の中心にいると思っていたのにまったくの勘違いだったのだ。

 ベンは逃走中、ミロのことを思いだしていた。彼は横領した金を本当に困っているイラクの人々に渡すつもりでいた。しかしベンにとって大事なのは自分の将来だった。だからその話をニールに告げ口した。ニールは、その金をふたりでいただこう、と言った。そうして金を奪ってミロを始末した。

 サムはまんまとベンに一杯食わされていた。ヒースロー空港行きのシャトルバスにはベンの携帯電話が置かれてあるだけで本人はいない。

 ベンはウォータールー駅に入った。ルイーズは我が目を疑った。変装しているがあれはベンだ。

 ベンは税関に行きかけてあわてて引きかえす。うっかり拳銃を持ってきていたのだ。構内の一角の大きな植木鉢に銃を隠し、また歩きだす。

 あとをつけていたルイーズは、植木鉢を見て拳銃を見つける。だがもうベンは出国するところだ。ルイーズは拾った銃を構え、ベンの名を大声で叫んだ。フリーズするベン。まわりはパニックになる。警備員が銃を下ろせと怒鳴っている。ルイーズは今度こそ出来事の中心にいた。    

 のちにこのシーンの監視カメラ映像がプリントアウトされてサムの元に届いた。そこに写ったベンの顔には諦めの表情が浮かんでいるように見えた。しかし、最後に写しだされた顔を見るかぎり、笑っているようでもあった。

 

前半は群像劇風、後半は女ガムシュー物

 本作もご多分に洩れず、前半は人質となった人間たち一人一人にスポットを当てて群像劇風に多視点でストーリーを展開させるなど、いたずらに話を複雑にしてちっともメインプロットが進まないことにいらいらさせられるのですが、後半を過ぎて話が絞られてくると、ぐいぐいと引きこまれていきます。特にルイーズの思い込みと落胆とラストのヒーローぶりはユーモアとサスペンスが炸裂して圧巻! そして、ストーリーの陰に潜むヘロンの戦争へのアンチテーゼ。見事です。

 この作品の中では、ミロ、ベン、サム、ニールらが働いているところは情報局(intelligence service)となっていて、MI6か5かは明記されていないのですが(イラクの復興云々を扱っているとすればMI6と見るのが妥当でしょうか)サムとニールが所属する内部調査課はそのまま『Slow horses』/『窓際のスパイ』にスライドしています。内部調査課の者が〈犬〉と呼ばれているのも一緒です。サムはこの課のリーダーだったのですが、部下のジェド・ムーディがベンを取り逃がしてしまったためにその責任を取らされてクビになり、のちに『Slow horses』シリーズの二巻目である『Dead Lions』(邦題/死んだライオン)で、私立探偵としてラムと再会します。(ラムとは旧知の仲という設定)

『窓際のスパイ』でも、サムの後任として内部調査課のリーダーになったニック・ダフィーの部下がラムのことを、あのサム・チャップマンでさえ歯が立たない、と言っている場面があります。さらに、ベンに逃げられるという失態をおかしたジェド・ムーディは、窓際部署である〈泥沼の家〉送りとなって『窓際のスパイ』に再登場します。ほかにも、『窓際のスパイ』によく出てくる〈クイーン〉ですが、この『Reconstruction』の中で、局内のデータベースを管理する女性職員たちのことだとの説明があります。このように、『Reconstruction』を先に読んでいれば『Slow horses』の理解の助けとなる箇所が多々あります。

 アマゾンUKではこの『Reconstruction』を私立探偵ゾーイ・ベーム・シリーズの五作目と紹介していますが、ちがいますね。本作にゾーイは一切登場していません。ですがゾーイ・ベーム・シリーズも『Slow horses』とリンクしています。となるとゾーイ・ベーム・シリーズもご紹介しないわけにはいきません。というわけで、次回はゾーイ・ベーム・シリーズの第一作目である『Down Cemetery Road』をお送りします。まだまだ嫌がらせのごとく、ミック・ヘロン考察続けますよ!