び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第14回 クラム・ラーマン

(この記事は三月に書かれたものに加筆しました)

 

 過疎っているブログのごくごく限られた読者の皆さま、少し間が空いてしまい申し訳ありません。前回の予告でクラム・ラーマンの『East of Hounslow』邦訳刊行直前ネタバレ大放出!などと銘打ちましたが、邦訳は今月の19日発売ということらしいのでまだ時間あるかな……と余裕をこいているうちに今日にいたってしまいました。

 というわけで、あらためまして満を持しての『East of Hounslow』。さっそくご紹介いたしましょう。

邦訳はこちら

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【あらすじ】

  ロンドン西部の自治区、ハウンズロウ。そこはエスニック・マイノリティーが密集している地区である。そこのムスリム・コミュニティーで生まれ育ったジェイことジャヴィド・カシームは、母の手ひとつで育てられ、二十八歳のいまも母親と同居しているお気楽なニートの青年だ。

 イスラム教徒でありながらも小遣い稼ぎにマリファナを売り、酒も飲めば肉も食しギャンブルもやる。それでもムスリムムスリムであり、おれを批判できるのはアラーだけだ、という謎理論(笑)のもとで奔放に暮らしていたが、ある日行きつけのモスクが白人の差別主義者らに荒らされるという出来事が起こる。ジェイの幼なじみのパルヴェスはいきりたち、イスラム・ギャングくずれのカーンとともに白人のヤンキーの溜まり場へ復讐に向かう。ジェイはパルヴェスをとめようとするが、結局喧嘩に巻きこまれたうえに、駐車していた車が警察に押収されてしまう。トランクの中には売り物のマリファナと売上金が入っていたというのに! ドラッグディーラーの元締めのサイラスに売上金を納めなければ命はない。一方で、麻薬密売の罪で逮捕されれば刑務所行きだ。

 窮地に立たされたジェイに接触してきたのは、パーカーと名乗るMI5の局員だった。なんと、MI5に入るという条件と引きかえに、司法取引で罪を帳消しにすると言うのだ。そうしてジェイはMI5のエージェントとしてムスリム・コミュニティーに潜むテロ組織を探ることになるのだが……。

イスラム教とはなんぞや?!

 ウドゥー、五行、インシャラー、アラーファクバル……本書にはイスラム教に関わる言葉がたくさん出てきます。これを一冊読むだけでも大分イスラム教に詳しくなれます。しかし何よりも注目すべき点は、イスラム原理主義組織が悪の象徴として描かれている過去のさまざまな作品とは違った視点からのアプローチが試みられていることでしょう。主人公のジェイはムスリムで、物語はムスリムの視点で進んでいきます。ジェイは戒律破りまくりの、かなり西側に近い価値観を持つ青年ですが、ひょんなことから逮捕され、罪を帳消しにしてもらうかわりにMI5のエージェントとしてイスラム原理主義組織に潜入します。はじめはその組織を壊滅させたいというモチベーションもあって意気込んでいたものの、組織の同じ年頃のメンバーや師と触れあっていくうちにある思いが湧きあがってきます。それは、西側の価値観だけが絶対なのか、という疑問です。そうして、それまで不信心者だったジェイはイスラムの教えに目覚めていくのです。とはいえ、アラーの教えを曲解してジハード(=テロ行為)を若い信者にやらせようとする組織のやりかたにも怒りを覚えます。迷いながらもジェイは最終的にどちら側につくのか? 彼の選択にも読者ははらはらさせられるのですが、こういったアプローチには作者のクラム・ラーマン自身がロンドン育ちのパキスタン移民二世という立場が色濃く反映されていると思われます。

なぜかデジャブ感いっぱい(笑) この感覚は何?!

 登場人物に目を向けてみると、いやはや、ジェイを筆頭に出てくる人物人物がおっかしいのなんのって! まず冒頭のほうで起こる、ジェイの幼なじみのパルヴェスと元イスラム・ギャング・リーダーのカーン対白人グループの喧嘩ですが、このカーン、もういい歳だというのにイスラム・ギャングのリーダーとして暴れていた昔が忘れられず、いまだに地域で揉め事が起きると首を突っ込んでくるやつです。わたしの脳内ではなぜかこのカーンが『アキラ』のジョーカーに変換されてしまうのです。だって性格から体型から、そっくりなんですよ。

 

ジョーカー

 でもそうなると金田はジェイなわけで(まあ、金田ほどの度胸はないけれど、とぼけたところは似てるかな)と考えていったら……あれ、パルヴェスはまんま鉄雄じゃん! テロ組織のメンバーの紅一点、アミラはケイだし、となるとアミラが兄と慕うテロ組織のメンバーのケヴィンは竜で、MI5のパーカーはさしずめ大佐といったところか。MI5のテロ対策室の室長補佐のロビンソンは、立ち位置的には根津か。(根津ほどの器ではないが) ジハードの訓練キャンプの教官で人間山脈みたいな男のムスタファはチヨコか……などと、ややこじつけぎみな関連性にひとり悦に入っております。

金田と鉄雄 ジェイとパルヴェス

 しかしストーリーの根本にはただのデジャブではない『アキラ』との類似性があります。それは、金田と鉄雄のあいだに見られる関係性がジェイとパルヴェスのあいだにも存在しているということです。ジェイとパルヴェスは幼なじみで小さいころはよく遊んでいましたが、段々とジェイは別の友達とつるむようになり、パルヴェスは孤独を感じていきます。その孤独を埋めるように原理主義の勉強会に通ってイスラム教にはまっていき、洗脳されて、大量殺戮をもいとわない冷酷なジハーディストになっていくのです。ジェイがMI5に入ったのは罪を帳消しにしてもらうためでもありますが、もうひとつの理由はテロ組織に潜入してパルヴェスを組織から脱退させるためでした。ジェイのなかに、パルヴェスが孤独を感じていたときに手を差しのべてやらなかったという自責の念があったからです。しかし、時すでに遅く、パルヴェスはジェイの説得に耳を貸さず、ジェイに対しても牙を剥きだしてきます。ラストでは、罪なき市民に銃口を向けてテロ作戦を遂行しようとするパルヴェス。ジェイはとめようとするも、MI5がスナイパーを配置してパルヴェスを狙います。果たしてパルヴェスの運命は?

 サイコパス、サイラス

 さらに不気味な狂人、サイラスというキャラも異彩を放っています。ロンドン西部のドラッグ・マーケットの元締めなのですが、彼は、わたしの頭の中ではもう完全に『番頭』です。これはもう、パーフェクトにイメージがぴったり!

番頭

BL案件発動?

 注目ポイントはまだまだあります! ジェイの親友で、彼に言わせれば超クールなやつである刑事のイドリスの存在も無視できません。友情を恋愛に例えるなら、幼いころのパルヴェスがジェイに片思い的な部分が多かったのに対して、イドリスはジェイのほうが一方的に片思いをしているといった感じ。笑ってしまうのは、刑事のイドリスが、出世のためにこれからはマリファナの売人のジェイとは会わないと宣言したとき、ジェイはショックを受けて彼を恨みつつも、謝罪のメールが来ることを期待して一分ごとに携帯をチェックするシーン。その激しい友情はもはやBL案件か、と疑ってしまうほど(笑)。

 まとめますと、クラム・ラーマンの心理描写にはどこか日本人に通じる細やかさがある気がします。よく海外ドラマなどを観ていて、あまり周囲に気を配らない言動を平気でするキャラクターにお目にかかりますが、あちらは自己主張をしてナンボの国だからそういうものなんだろう、でも日本人の感覚にはその言動はないよな……と思ったことはありませんか? そういう意味においては、ジェイは気遣いも非常に細やかで、対人関係で悩むポイントも日本人の感覚と似ています。だからなおのこと、感情移入しやすいのかもしれません。

 深刻なテーマを孕みつつも、ジェイという親しみやすいキャラクターを通して問題をミニマムに、パーソナルにすることで、世界の片方を一方的に傷つけることなく、それでいて考えさせられる作品になっていると思います。興味の湧いた方はぜひ一読なさってください。ちなみに邦訳の第二巻も刊行が決定しているとのこと。出版はまだまだ先になりそうですが、そのときは本ブログで第二作目の『Homegrown Hero』を取り上げる予定です。お楽しみに!

 

某漫画家さんがイメージイラストを描いてくださいました。ジェイの愛車のBMWがカッコいい!

 

 次回は、ミック・ヘロン考察をもう少しお休みさせていただいて、少し前に発表されましたCWA賞の候補作関連ということで、マット・ウェソロウスキさんの作品をご紹介したいと思います、

 まあ、候補作や受賞作が必ずしも面白いわけではありません。どんな忖度が働いてねじこまれたのかと疑いたくもなるようなつまらない作品も入っていますからね。読んでみようかなと思っても、ハズレを引きたくはないし……などと思っていたら、以前から注目していた作家さんが入っているではありませんか。それが、そのうちこのブログで紹介しようと思っていたマット・ウェソロウスキさんです。いい機会なので、この際ご紹介しちゃいましょう。お楽しみに!