び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第16回 マット・ウェソロウスキ その2

 前回に引き続き、マット・ウェソロウスキさんの『シックス・ストーリーズ』シリーズをお送りします。今回は第二弾『Hydra』。

 

【あらすじ】

 2014年11月、当時21歳だったアーラ・マクラウドが母、継父、妹を惨殺するという事件が発生。裁判で終身刑を言い渡されたが、犯行時の心神喪失が認められて精神病患者専用の施設に収容された。その三年後、アーラからスコットに連絡があった。事件についてスコットの番組で語りたいというのだ。『シックス・ストーリーズ』という犯罪検証番組をポッドキャストで配信しているスコットは早速アーラの件を取り上げるが、何者かに中断しろとの脅しを受ける。どうやらこの件でインタビューに応じた事件の関係者も同様に脅されているようだった。いったい誰が、何のために? 脅しに屈せず番組を配信していったスコットは最終回で、電話インタビューという形で脅迫者と対峙することになるのだが……。

 

前作は偶然の産物だったのか?

 前作の『Six Stories』で鮮烈なデビューを果たし、にわかにミステリー界で注目を浴びる存在となったマット・ウェソロウスキさん。当然次作に対する期待も高まりますが、残念ながら第二作目である本書『Hydra』によって、一作目の成功は偶然の産物にすぎなかったことを証明してしまったようです。

 いわば『Six Stories』はたまたま目分量で調味料を入れて作った料理が一流シェフもびっくりするくらいおいしい出来だった、という感じでしょうか。その成功体験に気をよくし、ならばもっと色々いれたらもっとおいしくなるにちがいない、と思ってあれもこれもと入れた結果、とてもまずいものが仕上がってしまいました。食材選びは悪くなかっただけに、なんとも残念です。では、どの辺のさじ加減を間違ってしまったのか、早速検証していきましょう。

調味料(問題提起)多過ぎ

 事件の背景を説明しますと――

 

アーラの実父――アル中、DV男、アーラが二歳のときに失踪

 

アーラの母親――貧困から逃れるためにスタンリーと再婚。アーラの妹のアリスだけをかわいがり、アーラの精神疾患に気づいていながら放置した毒親

 

継父スタンリー――カソリック教にどっぷりとはまり、継娘たちに一切の娯楽を禁じる。何でも祈りで解決できると思っている。

 

アーラの一つ年下の妹のアリス――将来を嘱望された水泳選手。美人。家庭内はすべてアリスを中心に回り、アーラは邪魔者扱いされる。

 

アーラは現実から逃避したくて、異世界への扉という都市伝説にはまる。また、傷ついた心を抱えた思春期の子供たちから共感を得る歌詞で知られるゴスメタル系のミュージシャン、シェキックスのファンになる。

 

アンソニー――マクラウド一家が毎年夏に訪れる海辺のホテルに宿泊していた同じ年頃の少年。彼も都市伝説にはまっていて、さらにシェキックスのファンだったことからアーラと通じあう。

 

アンソニーは超肥満体型のせいでいじめを受け、不安障害を抱えていた。海辺のホテルに静養にきたが、そこでも少し年上の金持ち少年カイルが率いるグループにいじめられる。アーラとは心が通じ合うソウルメイトだと思っているが、恋愛的にはアリスに惹かれる。アリスも気があるそうなそぶりを見せるので盛り上がる。

 

エンジェル――同じくホテルに泊まっているレズの少女。アーラに一目惚れをするがアーラはアンソニーとばかり話しているので嫉妬する。

 

カイル――同じくホテルに泊まっている金持ちお坊ちゃんのグループの筆頭。アリスに目をつけていたが、高嶺の花なのでアーラに狙いを変え、ついにあるパーティーに誘いこんでアーラを仲間とレイプする。

 

アンソニーはアーラが被害に遭ったことに気づいていたが、いじめっ子たちが怖くて何もできなかったことで罪の意識に駈られ、夏が終わってもアリスと連絡を取って、アーラのことを両親や警察に知らせるべきだと訴えるが、親はもう知ってる、とアリスは平然と言い、その後ウザがってアンソニーとの連絡を絶つ。

 

その頃からアーラは精神に異常をきたすようになり、シェキックスの歌詞に出てくる、異世界に住む小人の悪魔”BEK”を実際に見るようになる。(統合失調症の初期症状)

ついにある夜、BEKが家までやってくる。アーラはハンマーで彼らに立ち向かう。しかし、BEKだと思っていたのは両親と妹だった。

 

アーラは精神疾患が認められて刑を免れ、療養施設に移されるが、その処置が軽すぎるとSNSで炎上して叩かれる。

 

スコットがこの件の番組を始めると、アーラの高校の用務員だったマーシュが児童とのチャットサイトにアクセスしたとして逮捕され、自殺をはかる。どうやら何者かに嵌められたっぽい。

 

アンソニーはスコットの番組のインタビューを受け、当時アーラを救ってやれなかったことを悔やむ。また、彼はスコットの番組に出るなと脅しを受けていたが、脅迫主が誰のか知っていた。

 

脅していたのはアーラを担当していた精神科医ジョナサン・バリントンだった。彼はカイルの父親でもあり、カイルがレイプ事件に関わったことを明るみにさせないために脅していたのだった。そしてこの件をもみ消すためにアーラを自殺に追い込む。

 

 とまあ、こんな感じになるのですが、いや、ふりかけるものが多過ぎでしょう。ストーリーの主軸は、アーラを犯行へと追いやったのは何なのか、であり、そこに焦点を合わせるべきだと思うのですが、なぜか都市伝説とシェキックスに多くのページが割かれています。ウェソロウスキさんはホラー畑出身の作家ということもあって、色々とホラー知識を披露したい気持ちはわかります。さらにプライベートでもメタル系バンドのファンということで、シェキックスというミュージシャンのキャラクターについ肩入れしてしまったのでしょう。しかしメタル系の曲の歌詞が若者の精神に影響を与えるか否かなど、本来ならそれほど力点を置く問題ではないはずです。隠し味程度に押さえておくことがこんなに表に出てきてしまっては、まとまりを欠くのも当然です。

 さらに肝心の、本当に裁かれる人間であるはずのカイルとジョナサンのバリントン親子についてはもう少し踏み込んで描いてほしかったところ。また、ジョナサン・バリントン医師の逮捕理由も納得がいきません。ラストは悪人が逮捕されるという形で読者に溜飲を下げてほしかったのかもしれませんが、彼はアーラを自殺に追いやって息子のレイプ事件を隠蔽することができて万々歳のはずです。なのになぜアーラの診療記録の音声データをネットに流すという馬鹿なことをして、患者の守秘義務違反で逮捕されたのでしょうか。どうも納得がいかないので、アマゾンやGoodreads でレビューを漁って同じ感想の人はいないかと捜したのですが、見当たりませんでした。

 ただ一つだけ、本書を買って間違いなしと言える点は装丁でしょう。めちゃくちゃカッコいいので、インテリア小物として持っている価値あり。モノトーンでコーディネートされたお部屋にはぴったりです。

 さて、次回は……う~ん、トマス・ミューレンあたりいってみますかね……。