び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第17回 ニタ・プローズ『The MAID』

 前回の終わりで次回はトマス・ミューレンでも、などと書いてしまいましたが急遽変更して、第17回は『The MAID』を取りあげることにいたしました。読んだのは半年近く前ですが、この8月に邦訳書が刊行されるらしいので、(二見書房さんから8月22日発売となっています)その前にご紹介しなければと思いまして。でないと未邦訳の作品の紹介ブログという看板に偽りありとなってしまいますから……。

 普段はコージー系の、ましてやベストセラーなどはめったに読まないのですが(自分の感覚は大衆からズレているとの自覚あり)、本書は確かS.A.コスビーの『Razorblade Tears』(第3回参照)と同時期に発売されていたかなんかで何となく一緒に買った覚えがあります。たまにこういう系を読むと、ふわっと感がハンパないな~と思いつつ……まずはあらすじをご紹介しましょう。

 

【あらすじ】

 五つ星ホテル、リージェンシー・グランドで働くメイドのモリ―は25歳。やや発達障害の気があるが、今は亡き祖母の教えを忠実に守りながら日々前向きに生きている。   そんなある日、ホテルの上得意である不動産王のミスター・ブラックがペントハウスで死亡し、発見者のモリ―が疑われる。モリ―は、祖母の友人でもあったドアマンのミスター・プレストンや、彼の娘で弁護士のシャーロットのサポートを得て容疑を晴らそうとするが、やがて明らかになってきたのは、高級ホテルの裏側で繰り広げられる違法ビジネスの存在だった……。

主人公モリーについて

 作中では“発達障害”について一切触れられてはいません。私自身も医学的知識はないのでネット検索をしてみたところ、モリ―の描写にぴったりとあてはまる症状が見つかりました。

 

アスペルガー症候群

遠まわしな表現や比喩表現を理解できず、また、行間や空気を読むのも苦手で、一度決めたルーティンにこだわり、変化に抵抗を持つ。

 

 この説明はまさにモリ―の性格を反映しています。モリ―の祖母は孫の特徴を理解していて、生前は日々に規則性を与えるため、二人で暮らす家の中に的確なルールを課していました。例えば月曜日は床磨きの日、水曜日は水まわりの掃除をする日、といった具合に。さらに、迷ったときに導いてくれる格言めいた言葉もたくさんモリ―に残していました。その最たるものは、本書のラストの一文でしょう。“すべてが丸くおさまってこそ、事は終わる。少しでも引っかかりがあったら、それはまだ終わっていないということだ” モリ―はそういった言葉を心の支えにして生きていきます。“発達障害”の生きづらさといったネガティブな面はあまり深追いされていないので、余暇を読書で楽しみたい、嫌なことは頭に入れたくない、と思っている読者は安心して読むことができるでしょう。さすが、不特定多数の人々に愛されるベストセラーだけあります。

しかしちょいちょいと意外なところに毒があり

 この“毒”がですね、う~ん、必要なのかなあ、とちょっと首をひねりたくなります。せっかく微妙なテーマをふわっとオブラートに包んで楽しいコージーにまとめてあるのに、この毒には何とも違和感が否めません。一番気になったのは、病で苦しむ祖母の顔にモリ―が枕をあてて窒息死させたところでしょうか。事前に祖母とは話し合いをしていて、“その時がきたらそうする”と約束していたことではありますが、自らの手を下して最愛の人の息の根をとめるって、そんなシーン必要? 普通に病死でよくない? それまでは、発達障害だけど頑張っている真面目な女の子、という路線できたのにラストのほうでこんなエピソードぶっこむのは意味不明。

 意味不明といえば、事件が解決したところでドアマンのミスター・プレストンが昔モリ―の祖母と付き合ってたとかいう結構どうでもいい恋バナが延々と続くんですけど、これって何? ページが余っているならせめて、モリーといい感じになりつつあるホテルのレストランの皿洗いの青年ホアンと距離を縮めていく過程をもう少し丁寧に描いてほしかったかな。

 メインプロットのミスター・ブラック殺人事件は、さほど入り組んだミステリーになってはいませんが、レッドへリングとしてミスター・ブラックの妻ジゼルがいかにも怪しげに描かれています。ジゼルとモリ―は友情を育むのですが、二人を繋ぐ共通点は“悪い男にだまされた”というもの。しかし、片や不動産王の妻の座におさまってセレブ生活を満喫できると思いきや、夫は忙しすぎるうえに嫉妬深く、時に暴力をふるうことに悩まされている美女であり、片や疑うことを知らない性格につけこまれて貯めていた学費をボーイフレンドに持ち逃げされたメイドです。共通点は、付き合っていた相手が男というでっかい枠組みの中にいる、ということだけでしょう。しかしこの辺もふわっとまとめられ、ジゼルとモリ―は戦友のように仲良くなっていきます。しかし、モリ―がジゼルのむちゃぶりのせいで殺人容疑をかけられても、ジゼルは友情に応えてモリ―を守ろうとする、なんて展開はありません。一人でさっさとケイマン諸島へ脱出し、そこからモリ―の口座にお詫びとして大金を振込みますが、それで何となくハッピーエンディング的な雰囲気が醸し出されてきます。“結局金か?”などとは言いっこなし。世の中金です。大金を手にしてハッピーなモリ―はさらにホテルのメイド主任に昇格し、ホアンとも恋人同士になってジ・エンドです。

 まとめますと、発達障害を持つ人物を主人公に据えた作者にあっぱれでしょう。少々の矛盾やご都合主義も、定義のよくわからない“発達障害”の印籠を出されては読者も納得せざるを得ないというもの。ラストは大団円となり、発達障害の生きづらさも本人次第で変えていくことができる、というポジティブなメッセージを残して読後感をさわやかにしています。だからさ、おばあちゃんに手をかけたっていうエピはよそうよ……。お花畑ぶち壊しだよもう。

 

次回こそは、トマス・ミューレンの予定です。