び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第24回 アーメン・アロンジ

 前回の末尾でも触れましたが、今回はラゴス出身のイギリス人作家、アーメン・アロンジさんの作品を紹介したいと思います。書評サイトで紹介文を読んだとき、”これは好き系かも”と思って珍しく即ぽちってしまいました。普段はあちこちのレビューを読んで吟味に吟味を重ね、ようやく買うというのに。(ゆえに読んでいる冊数は本当に少ないです)紹介文を簡単に引用しますと、「十年前、街から忽然と姿を消した男、通称プリティ・ボーイ。誰も彼の本名を知らない。その彼が戻ってきた。目的は復讐」これだけでムムッときました。プリティ・ボーイですよ。英語ではよく皮肉や嫌味をこめて正反対の呼び方をすることがありますよね。ひどく醜いものを美しいと言ったり、汚いものを清潔と言ったり。これもその類いなのでしょうか。顔に醜い傷がある殺し屋が、嘲りをこめてプリティ・ボーイと呼ばれているとか? しかもテンポが早くてアクションてんこ盛りとあるのですからこれはもう、買わない手はないでしょう。

  というわけで読んでみたのですが、想像していたのと全然違っていました。でも書評サイトやアマゾンの紹介文を責めるのも酷かな、と。この作品を紹介するにはそう書くしかないというのもわかるだけに……。

【あらずじ】

 やつが戻ってきた――。十年前、街から忽然と姿を消した男。通称プリティ・ボーイ。本名不詳。目的は復讐。その計画を遂行するためにまず昔なじみと接触したが、ひょんな成りゆきでブレスレットを譲りうけることになる。だがプリティ・ボーイは知らなかった。それがいわくつきの代物だということを。そこから予想外のことが起こりはじめ、計画は崩れていく。果たしてプリティ・ボーイは復讐を敢行できるのか。そして復讐に至った理由とは?

起承転結の常識を覆した意欲作

 あらすじを説明するとき、正直言って困りました。私が頭の中で組み直して時系列順にすると上記のような流れになるのですが、実際は現在と過去が入り乱れています。

 最初のほうは読者に何の情報も与えられていないため、誰と誰がどういう関係なのか、とかが全然わかりません。主人公がプリティ・ボーイだというのも、事前に紹介文を読んでいたから知っただけで、実際はプリティ・ボーイという言葉が出てきたのは全343ページのうち230ページになってからです。ストーリーは先へ進みつつ、度々過去に戻っては昔の出来事が描写されます。それによって徐々に知らされる情報が増え、段々と現在の状況やキャラ同士の関係性などが見えてくるという仕掛けになっています。

 つまり、メインプロットである現在の復讐劇を進行させつつ、過去に戻って復讐に至るまでの状況が描かれていくわけです。そして主人公は復讐を行い、その後に話が戻ってなぜその相手をそこまで恨んだのかが明かされます。この方法はとても面白いのですが、クライマックスの復讐シーンに関していえば、功を奏したとは言えないかもしれません。先に凄絶な復讐シーンを見せられた読者は、その理由について当然期待値を上げてしまいます。そこまでする主人公はよっぽどのことをされたのだろうと。ですから、その後過去に遡って理由が明かされたときは、ちょっとガックリきました。え? その程度であれほどの恨みを抱いていたの? 倒叙法は効果があるゆえの怖さですで。多分これ、普通に時系列順にしていればそれほど違和感はなかったかもしれません。

倍速世代にマッチ

 ごちゃごちゃと書いてしまいましたが、本書はそんな小難しい本ではありません。内容は物語というより、これから始まる一大サーガの前章、人物紹介を兼ねたダイジェスト版と言ったほうがぴったりくるでしょう。最近はタイパだのファスト動画だのが注目を集めていますが、本書はまさにそういった倍速世代にマッチしているのではないでしょうか。とにかく余計な描写や、作家の自己満足的なもってまわった言い回しなど一切なし。一つ一つのエピソードが簡潔で映画のワンシーンのようにスタイリッシュで印象的。ゲームに近いものがあるかもしれませんね。似た世界観としては日本でいえば、『龍が如く』、世界基準でいえば『グランド・セフト・オート』。そういった系のロンドンバージョンといったところでしょうか。

 登場するのは、犯罪組織のボスという裏の顔を持つ市会議員マイケル、彼の腹違いの弟でロンドン警視庁の刑事アラン、元ロシアンマフィアの一員で今は表向き酒屋を経営しているオレグ、その妻カテリーナ、麻薬組織のボスでジャマイカ系イギリス人のスノーマン、殺し屋兄弟、売春婦、ストリップダンサー、アイリッシュマフィアのボス,プリティ・ボーイの母親でジャンキーの毒親ジェス、彼女の恋人でヒモのDV男ロッド……

etc。そして主人公の、本名不詳のプリティ・ボーイ。どの人物にもバックグラウンドが与えられ、生命が吹き込まれているので印象に残ります。そしてリアルな会話の妙。あれ、この感じ、どこかで……、と思ったら思い出しました。パルプ・フィクション

あるいはソプラノズのノリかな。

 ストーリーそのものよりもキャラクターや会話の妙で魅せるってやつです。大体本書の雰囲気をつかんでいただけたでしょうか。多分日本の保守的な書評家の方々には、わけわからん、と一蹴されそうですが、CWAの審査委員長のバリー・フォーショウさんは本書を評価しています。コメント載せておきますね。

”イギリス人作家アーメン・アロンジのデビュー作『A Good Day to Die』は、ブラック・カルチャーが全面に押し出された興味深い作品だ。その作風はS.A.コスビーを彷彿とさせるが、本書の舞台はイギリスであり、作者は主人公のダークヒーローをこの国の厳しいリアリズムに直面させている”

 

 ちなみに続編『A Good Night to Kill』は2023年4月に刊行予定となっています。おそらく次作でもまた度々過去に遡ることでしょう。そして謎に包まれたプリティ・ボーイの本性がまた少し明かされていくはず。ストーリーはいよいよ”本編”に突入するのか、それとも次もスポット版のような展開でいくのか、要注目です!