び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第25回 ジョナサン・エイムズ

 今回ご紹介するのは、アメリカはLA在住の作家ジョナサン・エイムズさんの『A Man Named Doll』です。

 主人公の名前はハッピー・ドール。愛犬ジョージと暮らす私立探偵。表紙もステキだし、ちょっとお洒落でハッピーなお話のようだったのでつい買ってしまいました。しかし実際はお洒落でもハッピーでもなく、単に主人公の名前がハッピーで、名字がたまたまドールだったというだけのこと。イメージ宣伝戦略にしてやられました。

【あらすじ】
 私立探偵のハップ(本名ハッピー)は元LAPDの警官で、現在五十歳。ある日元同僚の先輩刑事だったルーが事務所にやってくる。ルーは腎臓が悪く、人工透析をしているが、それがあまりにもきつくて生きている価値を見いだせなくなっていた。それで、ハップに腎臓の生体移植のドナーになってくれと頼む。
 ハップには断りきれない事情があった。新人警官だったころ、先輩のルーは暴徒に銃を向けられたハップをかばって代わりに銃弾を受けたのだった。当時の恩義に報いるためドナーになる決心をしたハップだったが、数日後の真夜中すぎにルーが銃弾を受けて半死半生の姿でハップの家を訪ねてくると、そこで息を引き取った。ルーの身に何が起こったのか。
 ハップは調査を始めるが、若い男に襲われ、身を守ろうとした際に相手を死なせてしまう。死んだ青年はブラック・マーケットで臓器を売買する闇医師マドヴィグの息子だった。復讐に燃えるマドヴィグはハップを捕らえ、殺す前に臓器を取り出して売ろうとする。ハップは逃げることができるのか?!

昭和人間も安心して読める王道の展開

 大都会で犬と暮らす孤高の私立探偵ハップ。元海軍の軍人。元LAPDの警官。毎日行きつけのバーに寄って馴染み客や美人バーテンダーのモニカと会話するのが日課。そんな彼の探偵事務所に依頼人がやってくる――。マット・スカダー、フィリップ・マーロウを思わせるハードボイルドの典型的パターンの展開に、前回のアーメン・アロンジさんの世界からググッと時代が戻ったような感覚を覚えます。

 まさに私のような昭和人間にとって王道の安心感。のはずなのですが……なんなのでしょう、この物足りなさ、進行の遅さは。さすがの昭和人間の私もダイバーシティだのタイパだのといった時代の流れに毒されてしまっているのでしょうか。緊張感もひねりもなく進むストーリー。ハップが抱える心の闇があまりにも正攻法でずらずらと語られることへのお腹いっぱい感。実際、彼の心がいかにして壊れてしまったかが数ページかけて年表のごとく説明されています。

ハップのメンヘラ年表

 両親の愛を知らずに育った子供時代
生まれてすぐ母が死亡。母のお乳を吸ったことがない。父親は妻の死をハップのせいにし、ハップを許さず、愛さなかった。その後酒に溺れ、ハップに暴力こそふるわなかったが言葉の暴力を浴びせつづけた。

 十一歳。夏休みに厄介払いとばかりに父に教会のサマーキャンプに参加させられ、そこで一カ月過ごすが、その間にカウンセラーの男性に性的虐待を受ける。

 十四歳。仲のよかった友達がゲイであることを苦にして首つり自殺をし、それをきっかけにハップにも自殺願望が芽生える。

 十八歳。父から逃れるために海軍に入隊。しかしその一カ月後に父が死亡。最後に父に愛していると言ってやれなかった自分を責める。

 七年間軍に在籍するが、いつも本を読んでいたことで孤立。

 その後虐待された子供を救うという目的を持ってLAPDの警官となるが、救える子供の数には限界があることを知り、自分の無力さに絶望して酒に走る。

 三十五歳、警察をやめて私立探偵になる。

 四十六歳。理想の女性ジョイスに出会い、夢中になる。しかし女性との付き合い方がわからず、つい彼女に冷たく当たってしまう。傷ついた彼女はやがて別の男と付き合い始めるが、そうなって初めてジョイスを愛していることに気づいたハップは本心を綴った手紙や日記を送りつけるが後の祭り。彼女を失った自分が許せなくなり、色々と自殺を試みる。救いを求めて、退役軍人や警官を診てくれる精神科医のもとへ。

 そうして四年、現在五十歳。少しづつ壊れた自分を再建中。精神科医によると、母のお乳を吸わなかったことがすべての元凶らしい。

心の傷、ちょっと多すぎませんか

 心に傷を持つ主人公というのはハードボイルドの定番です。一昔前ならばヴェトナム戦争朝鮮戦争(デイヴ・ロビショー系)、もっと最近だと湾岸戦争イラク戦争(ピーター・アッシュ系)で受けたPTSDを引きずっています。

 あるいはマット・スカダーのように警官時代に発砲した弾が誤って民間人に当たってしまったとか。しかし、本書の主人公のハップのようにこれだけ傷が多いとなんかもう、お腹いっぱいになってしまうわけです。これ、エイムズさんがジョーク混じりに描いているのかもしれませんが、それにしてはシリアスな問題で笑うに笑えなかったり。

 肝心のストーリーのほうも、よくわからないまま終わった感じでした。ハップが闇医師マドヴィグに捕まったあとは、逃げられるのか?! というハラハラドキドキの展開もそこそこにあっさり腎臓を摘出されてしまいます。そしてラストはまあなんとか脱出できるのですが、”腎臓一つ失ったけれどまだ一つ残ってるし、ま、いっか”という超ポジティブ発言で〆られます。メンヘラなのか明るいのかわからなくなってきました。ちなみに飼い犬のジョージは、小さいながらも事件に関わるおいしい役割を演じたとか、そういうことも特になく、いてもいなくてもいいような存在でした。そんなわけでアマゾン等のレビューもかなり微妙なのですが、第二巻も刊行されています。

  なんと今度はハップが仏教にはまり、カルマ(因果応報)に影響されて強迫観念に陥り、ひたすら善を行うことにやっきになってすったもんだが起こるようです。(もうすでにお腹いっぱい感が……)

  色々書いてしまいましたが、ジョナサン・エイムズさんはホアキン・フェニックス主演の映画『ビューティフル・デイ』の原作者でもあり、こちらは高く評価されています。

興味のある方はご一読なさってください。