び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第27回 アグネス・ラヴァトン その1

 今回は北欧の女流作家、アグネス・ラヴァトンさんの作品を取りあげたいと思います。登場人物は実質二人だけなのに、ぴんと張った緊張の糸が最後まで切れることなく読ませるなかなかの傑作です。

【あらすじ】
 三十二歳のアリスは既婚の歴史学者で、テレビの歴史番組の司会者を務めていた。ある日プロデューサー〝K〟の妻の誕生パーティーに招待され、K夫妻の家を訪ねる。夫妻は招待客のために赤ん坊の部屋を一時的にゲストのクロークルームにしていた。パーティーも終わりに近づき、Kの妻がソファでうたた寝をしている隙に、Kはアリスをそのクロークルームに誘い出す。二人が行為に及んだとき、客たちがドアの前に集まりだした。クロークルームにはベビーモニターがあり、スイッチがオンになっていたのだ。二人の痴態はあっという間に知れ渡り、世間の一大スキャンダルとなった。そこで生きていけなくなったアリスは夫を置いて家を出ると、田舎の一軒家の住み込みのお手伝いさん募集という広告に応募する。自分を知る者のいない所で人生をやり直したかったのだ。

一軒家の主人はシーグルという四十代のがっしりとした男性で一人暮らしだった。妻がしばらく家を空けている間に庭の手入れや家事をしてほしいという。庭は荒れ放題だったが、周りは自然に恵まれていた。庭の石段を下るとそこはフィヨルドで、小さな桟橋がある。アリスは二階の部屋をあてがわれた。早速夕食を作り、テーブルに自分たちの料理をセットするが、君は一人で後で食べなさいと言われる。使用人とは一緒に食事をしないと言われているようでアリスは傷ついた。


 翌朝から庭仕事を始める。シーグルの仕事部屋の窓が真上にあるので、彼に監視されているような気がしてならないた。、何をしているのかわからないが、彼は一日中仕事部屋に閉じこもっている。

 近くに一軒しかない食料雑貨店へ行くと、年寄りの女主人にじろじろ見られて嫌な気分になる。もしかして自分の顔がこんな田舎まで知れ渡っているのかとも思ったが、どうやらそれは考えすぎのようで、女主人は単に好奇の目で見ているだけらしい。

 また、シーグル家のそばの森には何かを燃やした跡があった。謎めいたシーグルに好奇心が募る。やがて少しずつアリスとシーグルの距離感は縮まっていくが、それと同時に謎も深まっていく。そもそも、シーグルの妻はどこにいるのか。

 

 ある夜シーグルは荒れた様子でアリスの部屋の戸を叩き、そこで寝かせてくれと言うと、とまどうアリスを尻目に床で寝付いてしまった。起きたあと、シーグルはその夜に見たという悪夢のことを話す。拉致されて森の中に連れていかれると、そこには鳥のお面を被った十二人の人間がいて、彼らに囲まれて"卑劣極まりない行為”をおかした罪で裁判にかけられたという内容だった。その夢は何を暗示しているのか。シーグルの妻はどこにいるのか? アリスは彼に惹かれながらもある疑いを拭いきれずにいた……。

閉ざされた空間で展開する、男と女のシーソーゲーム

 主人公のアリスは惚れっぽいというか、状況に流されやすい女性です。片やシーグルは女性を支配したがるタイプ。この二人が田舎の一軒家という閉ざされた場所で生活を共にする――地球上に彼らしか存在していないような空間で、何も起きないわけがありません。しかも男の妻は生きているのかどうかもわからない。この二人が奇妙な成りゆきで距離を縮めていくところは非常にサスペンスフルで、読者をぐいぐいと引きこんでいきます。決して大がかりな謎が隠されているわけではないのですが、先が読めるようでいて微妙に読めない展開に、ページをめくる手か止まらなくなってしまいます。

期待を裏切らない北欧テイスト

 舞台となる田舎の一軒家の裏庭の石段を下っていくと、そこはフィヨルド。桟橋から小舟に乗って漕ぎだして行けるという北欧ならではの絶好シチュエーション。ラストのエピソードはこのフィヨルドで展開します。さらに、作中に挟まれる北欧神話がキーポイントになっているなど、北欧ムード満載です。

カトリーヌ・アルレーとの共通点

 書評家のなかには、本書からパトリシア・ハイスミスらしさが感じられるという印象を述べている方もいらっしゃいますが、わたしが思い出したのはカトリーヌ・アルレーです。アルレーは「わらの女」に代表されるように、主人公に寄りそうというよりは、冷静なまなざしで見つめているような描写が特徴的ですが、本書でも著者は主人公のアリスを突き放しているとまではいわないものの、かなり中立的というか、一人称でありながら三人称に近い視点で描いています。アメリカ系の小説にはないこのドライな感じ、個人的にはかなり好きです。(だからアルレーさんも好きなんですけどね)

 

シーソーゲームの軍配は?

 最後まで緊張感は途切れることなく、ラストのエピソードでクライマックスを迎えます。奇をてらった大どんでん返しはありませんが、なるべくしてそうなったと思える納得のエンディング。ページ数も185ページと、ストレスを感じることなく北欧ムードあふれる心理サスペンスを存分に楽しめました。

 この雰囲気を少しでもお伝えできたらと思いまして、冒頭部を試訳してみました。興味のある方はもうひとつのブログhttps//eichida.hatenablog.com/    へ!