び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第32回 ステフ・ブロードリブ

 寒くなってまいりましたが皆さまいかがお過ごしでしょうか。サッカーは残念でしたが、死のグループと呼ばれたところを一位通過したのですからそれだけでも素晴らしいことでしょう。夢を見させていただきました。さて、気を取り直して今回は、バウンティハンターが主人公のアクション物をご紹介したいと思います。

【あらすじ】
 シングルマザーのバウンティハンター、ロリ・アンダーソンは白血病を患う娘のダコタの治療費を払うために高額の懸賞金がかかった逃亡犯を捕まえる仕事を引き受ける。しかしその逃亡犯とは、かつての師であり恋人でもあった男、JTことジェイムズ・テイトだった。スーパーバウンティハンターと呼ばれ、高い逮捕率を誇っていた男がなぜ逃亡犯になりさがったのか?

 JTとの出会いは十年前に遡る。当時ロリには家庭を顧みないDV夫のトミーがいた。彼はロリをストリップバーで働かせ、その稼ぎで遊び回って家にはたまにしか帰ってこなかった。そんなある日、JTがストリップバーにやってきた。彼はバウンティハンターだと自己紹介をし、保釈金を踏み倒したトミーを追っているという。そこで初めて夫が人を殺して追われているという事実を知り、ショックを受けるロリ。その後トミーはこっそり家に帰ってきてロリを暴行し、通報しようとしたロリの友達のサリーを射殺して逃亡。ロリは復讐を誓い、トミーを捕まえるためにJTに弟子入りを志願。そこからバウンティハンターになるための厳しい特訓は始まった。やがてロリは腕を上げていき、JTと魅かれあうようになる。しかしトミーが見つかったとき、”個人的な復讐のために発砲してはならない”というJTの教えを破ってトミーを撃ってしまう。JTに失望され、復讐をしても満足感が得られないまま苦い思いを抱えたロリはJTと別れた。その後妊娠していることに気づいたが、彼には知らせずに一人でバウンティハンターをしながら娘のダコタを育ててきたのだった。

 今回の仕事は、すでにウエストヴァージニア州で捕まっているJTを迎えにいってフロリダの警察署に引き渡すだけの簡単な仕事だった。子守が見つからないこともあってダコタを連れてウエストヴァージニアへ向かったロリだったが、謎の男たちに襲われ、ダコタを誘拐されてしまう。娘を返してほしかったらUSBメモリを渡せ――それが彼らの要求だった。JTはその男たちに嵌められて罪を着せられたのだった。背後にいるのは、全米きっての一大テーマパークのオーナー、エマーソンだった。USBメモリの中には、彼にとって致命的な映像が入っているらしい。しかしそれはテーマパークの監視カメラを管理しているスコットという従業員によってどこかへ隠されていた。スコットはエマーソンの手下から拷問を受け、隠し場所を吐く前に死亡。ロリとJTは、USBメモリとダコタを追ってテーマパークに侵入。そこへフロリダマフィアも絡んでくるが、その理由はロリの前夫のトミーだと知ってロリは愕然とする……。

 アメリカ南部の三州を股にかけ、繰り広げられるアドレナリン全開のノンストップアクション!

アクション、アクション、アクション!!

 映画であれ小説であれ、通常緩急というものがあります。しかしそれが本書には緩急の”緩”がほぼナシ! 危機に次ぐ危機で読者に息つく隙を与えません。正直、ここらでひと息つかせてくれ~と泣き言をいいたくなってしまうほど。しかしそんな読者にご褒美を与えるかのごとく、ラストでは時がとまったかのようにロリとJTのやりとりがゆっくりと、一挙手一投足に至るまで印象的に描かれます。クゥ~ッ。このシーンが生きるのも、それまでの緊張感と疾走感があったからこそなのですよね。離れたくない、でももう時間がない。このふたりの抑えた感情がスタイリッシュでもう……悶絶です。

ハードボイルド度かなり高め

 本書はあらすじだけ読むとロマンチックなサスペンスと思われるかも知れませんが、いやはや、かなり硬質なアクションスリラーであり、一種のハードボイルドにも区分できるのではないかと思います。ハードボイルドというと、暗い過去を抱えた一匹狼的な主人公が法律とは一線を画する自分だけの行動指針で動くというのがお約束で、男性が主人公の場合はその行動指針が矜持とか美学とか呼ばれたりするわけです。本編の主人公のロリは女性ですがまさにこのパターンにあてはまります。過去に夫を射殺して埋めたという暗い過去を持ち、その苦い経験から銃は(よほどやむを得ない場合を除き)使わないと決め、持ち歩く武器はテーザー銃のみ。何よりも娘が第一で、ごくまれに男遊びはするけれど、それは後腐れが残らない相手だけ。ゆえに本書には甘々な描写はありません。だからこそ、時折挟まれるロリのJTへの気持ちの変化に読者は注目し、もっとくれ~っと思ってしまうのですが、それもベースが辛口だからこそ甘味を求めてしまうという現象ですね。

母は強し?

 娘の命と引き換えに、ある映像データが入っているUSBメモリが必要になり、それを追ってロリとJTは巨大テーマパークに乗り込みます。途中敵に追われ、着ぐるみを着て逃げるなど見せ場も盛りだくさん。しかしそこでJTが腿を撃たれて離脱。最後はフロリダの有名な湿地、エヴァーグレースのワニ園でテーマパークのオーナーのエマーソンとガチ対決。圧倒的に劣勢でボコボコにされるロリですが、もはや母は強し、とか火事場の馬鹿力などを越えた力で反撃をします。しかし娘が閉じ込められた小型ボートが被弾。ワニ園の池にボートはどんどん沈んでいきます。愛する者を救いたい、ただそれ一心で死力を振り絞って起きあがるロリ。その泥臭いひたむきさに、応援しない読者がいるでしょうか。

JTがカッコよすぎる件について

 JTは決しておしゃれで小ぎれいな細マッチョ系の男ではありません。ダーティブロンドの髪、青い目。無精髭に顎髭。長身、筋肉質。チェックのシャツにジーンズというのが普段の格好。ジョージア州のレジェンド級バウンティハンター。言葉も少ない無骨な男ですが、ワイルドなセクシーさがプンプンと漂っています。愛する女と娘を救うため、やってもいない罪をすべて被って刑務所へ入るというラストシーンはカッコよすぎ。

 しかしロリもこのままではいられません。彼の刑期を軽くしてもらうためにあるFBI捜査官と取り引きをします。そのFBI捜査官が取り逃がした殺人犯を捕まえたら減刑に応じるという言葉を信じ、ロリは次の事件に挑む、というところでトゥービーコンティニュー的にジ・エンド。こりゃ続編も読みたくなってしまいます。

 第二巻『Deep Blue Trouble』では、事件を引き受けたロリに対し、余計なことをするなと怒るJTの姿が描かれています。でも彼はバウンティハンターだったのですから、刑務所では連日恨みを持つ犯罪者たちに暴行を受けて満身創痍の状態。それでも頑なにロリの行動を否定して荒れる場面も。ただかっこいいだけではない、彼の人間的な部分も徐々に明かされていくようです。かみ合わないふたりに読者はやきもきさせられること必至!

続刊情報

第二巻『Deep Blue Trouble』(2018)
第三巻『Deep Dirty Truth』(2019)
第四巻『Deep Dark Night』(2020)

 リー・チャイルドさん、バリー・フォーショウさん、イアン・ランキンさん、クリス・ウィタカーさんといったそうそうたるビッグネームからの称賛も納得な本作品、お勧めです!