び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第33回 アントニー・ダンフォード

 えらそうなことを言うほど本は読んでいませんが、本作品は私的に今年一番です。

【あらすじ】
  ケニア、ライキピア高原。バンダリ自然保護区。そこでは、この地球に存在する最後の一頭となったキタシロサイのオスのダグラスが飼育されていて、周囲は厳重に警備されている。レンジャーと呼ばれる自然保護官の一人であるジェーンはノルウェー出身の元軍人。ダグラスを守って三年になる。しかしある日、偽の密猟者情報に踊らされて持ち場を離れ、その隙にダグラスが角を切りとられた状態で殺される。保護区のゲートを開けたのは、金に目がくらんだ同僚のレンジャーたちで、彼らは事件後に行方をくらませた。怒りに燃えるジェーンは追跡を始めるが、逆にダグラスを殺した罪を着せられ、逮捕されてしまう。
 まともな裁判も受けられないまま有罪となり、投獄させられたジェーンは軍隊時代の仲間のウォーカーに脱走の手助けを求める。いよいよジェーンの反撃が始まった。ダグラスを殺したやつは誰なのか? 逃げたレンジャーたちを追い詰めてついにたどり着いた本丸とは?

動物が殺されるシーンはなぜこうも悲しいのか

 これまで数多の犯罪小説を読んできて、どれだけ人が死のうがなんとも思わなかったのに、動物が殺されるとこれほどまでに感情を揺り動かされるのはなぜなのでしょうか。
 本書でフィーチャーされているのは主にサイとゾウですが、特に感情豊かなゾウには泣かされました。冒頭、サイのダグラスと共に、ジェーンの兄でバンダリ自然保護区の責任者のケネットも死体で発見されます。彼の遺体を自宅に運ぶと、生前彼と仲がよかったという母ゾウのビビが群れを引きつれてケネットの家の前にやってきて遠吠えのような鳴き声をあげて死を悼むのです。もうここで号泣!(ちょうど個人的に愛猫を亡くした直後ということもあって動物に対してセンシティヴになっていただけかもしれませんが)
 ストーリーのなかほどではタンザニアで、何発のも銃弾を受けて牙をえぐり取られて半死半生になっているゾウを発見したジェーンは、涙で光るゾウの目から発せられる無言の訴えを聞き入れてうなずき、ライフルを手にします。タンザニアの夜に響く一発の銃声。ああ、今ここでこうして書いていても涙が……。

ジェンダーを超えたニューヒーロー

 主人公ジェーンは、敢えてヒロインではなくヒーローとしてご紹介したくなります。なぜかと言いますと、例えばジェーンをジェイムズに変換してsheをheに変えてもこの一冊が成り立ってしまうくらい、ジェンダーバイアスのない作品に仕上がっているからです。いや、もう私のなかでは、ジャック・リーチャーとボブ・リー・スワガーを東西の横綱とすればピーター・アッシュは大関でジェーンはいきなり小結に入ってきたって感じです。しかも今後昇格の予感あり。(話は逸れますが、関脇にフォース・リーコンのドライデン入れときます……)
 ではジェーンをざっとご紹介。ジェーン・ヘイヴン。(ノルウェー名 Jannika Havn) 元ジェガートロペンの一員ですが、彼女の軍歴は黒く塗りつぶされています。ミリタリーアクション系の話ではよくある、過去において秘密作戦に従事していたという証明ですね。ちなみにジェガートロペンとは英語でHunter Troop、ノルウェー国防軍対テロ特殊部隊:FSK(Forsvarets Spesialkommando)の女性部門として 2014 年に設立された世界初の“女性だけの特殊部隊です。身長173センチ、痩せ型筋肉質としか外見の記述がないのは、読者が各々の想像を投影できるようにと著者が敢えてそうしているのかもしれません。一見完璧な人間のように見えますが、意外と不器用なところもあり。密猟者という無実の罪を着せられて女子刑務所送りとなってそこの木工クラスで椅子を作る場面では、何回作っても脚が不均衡なものができてしまいます。キレそうになってイライラするジェーンが意外と人間らしくて可笑しい。この刑務所のシーンでは、女アルファみたいな受刑者がいてジェーンとガチ勝負……なんて展開になると思いきや、男を毒殺した罪で投獄された同房の一人はなんと、自分が殺したとされる男はまったくの見ず知らずだといいます。ケニアでは、お金さえ払えば誰かに罪を着せることは簡単だし、同じくお金さえ払えば無罪にしてもらうこともできる。ゆえに刑務所にいる者たちは、お金を払わなかった/払えなかった者たちの集まりなのです。

ジェーンの相棒は確信犯?

 ジェーンは脱走を決意しますが、手助けをしてくれたのはジェガートロペン時代の部下のウォーカー。
 こちらはジェーンとは正反対の著者の意図が伝わってきます。もう、絶対確信犯だろ、と言いたくなるような描写。赤毛のロングヘアという外見もさることながら、軽口を叩きつつ、GLカップル厨の妄想を刺激する匂わせ発言を連発。(ダンフォードさん、これ、わざとでしょう?)寡黙に任務を遂行するジェーンとは好対照をなす魅力的なキャラに仕上がっています。

あえて冷静に考察すれば

 冒頭から前半にかけてはもう、これいけるんじゃないかと思いましたが、ジェーンが刑務所から脱走するあたりからちょっとリズムが狂ってきたな、という印象を受けました。ウォーカーが脱走の手助けをするのはいいんだけど、ゲートを爆破してブルドーザーで房の壁ぶち破って入ってくるって、荒唐無稽というか、マンガの世界でしょう。いや、B級アクション物としてそれはそれでいいんですけど、それまでがかなりシリアスに展開してきただけにやや面食らってしまいました。

 その後、敵方の億万長者の私兵部隊に雇われたムワイという傭兵に視点が変わります。彼の生い立ち、人間性なども悪くはないのですが、読者としてはジェーンという人間に惹かれてここまで読んできたわけで、そのままブレずにジェーン視点でずっと話を進めてほしかったところ。また、途中ではアフリカならではのハプニングも起こります。ジェーンの義姉の従弟のマケナが毒蛇に噛まれるのですが、アフリカだし近くに病院はない! ということで一番近くの病院に行くために真夜中にセスナを飛ばすのですが、病院のそばに着陸できる滑走路なんてないし真っ暗だし――というスリリングな展開。と、それもいいのですが、できればスリリングな展開はメインプロットに絡める形にしてほしかった。マケナのこの件はストーリーにほとんど関係ないし。

 あと、キャラクターの説明不足の行動が多い。一応少し間を置いてから、実はあれはああだった、という説明はあって納得はできるのですが、こういう手法は読者にはちょっとキツいかな。度々やられると読む気が薄れてきて離脱したくなります。ですがラストの億万長者への反撃では再びぐいぐいと引きつけられ、あれ? やっぱりこれいいじゃん、と思い、離脱しかけた箇所をもう一度丁寧に読みなおしていくと、うん、間違ったことは書いていないし、不必要な箇所でもない。ただデビュー作ということもあり、構成に拙さがあったのかな、と。いけるかどうかは続編にかかっているといったところでしょうか。二作目に改善点が見られれば、一作目の構成の甘さも新人のご愛嬌ということで済まされるでしょうが、どうですかね……と思いつつ、でもやっぱりジェーンとウォーカーのコンビは強烈だし、アフリカを舞台にしたミリタリーアクションなんてめったにないし,邦訳されたらいいなあ~。(したいなあ)

続編も期待!

 ちなみに本書は2022年CWA賞ジョン・クリーシー・ダガー賞(優れた新人作家に与えられる賞)のロングリストに選出されています。絶滅危惧種の動物をテーマにした意欲作というところが評価されたのでしょう。そして、ロングリストどまりだったのは前述のような点が審査員に厳しく評価されてしまったのかなと思います。続編のタイトルは『Endangered』。予告ではもう発売されているはずなのですが、遅れているみたいですね。ダンフォードさん、焦らなくてもいいのでどうかご自分の納得いくものを書き上げてください。ジェーンのファンとして待ってます!

 

冒頭部試訳https://eichida.hatenablog.com/