び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第38回 ジョー・キャラガン

 前回の記事で、気合いを入れてリーディングしたいので次の更新は月末……などとぬかしておりましたが、なんかさくっと読めて思ったより早くレジュメできちゃいました。何も私の手際がいいわけではありません。goodreadsなどのレビューを見ると二時間で読み終えたという強者もいるぐらい。設定にインパクトがありつつ非常にシンプルで読みやすい話でした。というわけでご紹介しましょう。

【あらすじ】

 ウォリックシャー署の警視正キャット・フランクは四十五歳。半年前に夫のジョンを癌で亡くしてしばらく休職していたが、復帰第一日目に上司のマクリーシュに呼ばれ、内務大臣肝いりのプロジェクトのチームリーダーを任される。それはAIを試験運用しながら失踪人を捜査するというものだった。しかしキャットはAIに恨みを持っていた。新型コロナ蔓延によって医師不足となり、夫のジョンはAIによる診断を受けたのだが、それが誤診だったために癌の発見が遅れて亡くなってしまったからだ。AIは役に立たないことを証明するために、彼女はこの仕事を引き受ける。

 キャットは黒いブレスレットを渡された。スイッチを押すとハンサムな黒人のホログラムが現れた。名前はロック。そうしてロックと共に失踪人捜索が始まったが、早速対立が起こる。データ分析にかけては人間が太刀打ちできない能力を発揮するロックだが、人間の心の機微がわからず被害者家族の前で分析結果を述べて彼らの心を傷つけてしまう。キャットはロックを叱りつけるがロックは納得しない。そもそもロックは嘘をつかず、常に真実を述べるようプログラムされているのだ。しかしキャットに指摘され、人間の感情という摩訶不思議なものを学んでいく。一方のキャットはロックにいらだちを募らせ、頑としてAIなど認めるものかと思いながら長年の経験と勘を頼りに捜査を進めていく。

 やがて若者の失踪者たちの共通点が見つかった。これは連続誘拐事件だ、とキャットの勘は告げていた。そんなときキャットの息子も行方不明になる。一連の失踪事件と繋がりがあるにちがいない。早速キャットは上司に報告するが認めてもらえず、むしろ感情的になりすぎているるとして捜査チームのリーダーを降ろされてしまう。上司も同僚もそっぽを向くなかで、ロックだけはキャットを支持した。彼の分析結果も事件の関連性を裏付けていたからだ。ロックとキャットは捜査を進める。はたしてキャットの息子の運命は? 犯人の目的とはいったい何なのか?!

ミステリー界の歴史的ブレイクスルーになるかも?

 いゃ~、ついに来ましたね。警察が捜査にAIを導入。ちなみに本書はSFではありません。現代という設定です。たしかに実用化という面ではやや近未来的かもしれませんが、ここにでてくるテクノロジーはすでに存在しています。深層学習という学習手法を用いたAIのロックはホログラムで捜査班に加わります。深層学習(ディープラーニング)とは、人間の脳神経回路をモデルに開発された多層の人工ニュートラルネットワーというアルゴリズムを取り入れた学習手法で、大量のデータを吸収し、自動で規則性や関連性を見つけて人間のように予測や問題解決法を導きだすことが可能です。3Dホログラムは空間に立体画像を投影できるテクノロジーで3Dメガネは必要なく、肉眼で正面に限らず側面や背面など、どの角度からでも立体的に閲覧することができます。実際に個人向けの3Dホログラムディスプレイがすでに開発され、販売が予定されているとも聞きます。捜査にAIを導入することが珍しくない時代がすぐそこまで来ているのかもしれません。そして、現代ミステリー史上初のAI捜査官として登場したのが本書のロックなのです!

昭和脳の上司VS今どきの新入社員?

 勤続二十五年のベテランのキャットとロックはことあるごとに対立します。片や自分の経験と勘に頼る昔ながらの刑事、片や抽象的な概念を理解せず効率を重視するAI。この二人のやりとりを読んでいると、昭和脳の上司VS今どきの新入社員という構図を思いだしてしまいます。今どきの若者はコスパやタイパに敏感で指示されたこと以外はやらないが、昭和脳の上司は「言わなくてもそれぐらいわかるだろ」「察して先回りしろ」的なことを要求。それと似たような状況がキャットとロックの間で繰り広げられます。このあたり、読者としてはヒステリックにロックを責めるキャットにややいらだちを覚えました。被害者家族の気持ちを読まないロックの言動に怒り、これからは私が話せと指示したとき以外は話すなと命令するキャット。その命令を守っているロックに今度は、なぜ分析結果をすぐに報告しないんだ!とキレる。微妙な空気とか常識とかを理解しない機械に対してどんだけ期待してるんだ、と思ってしまいます。

人間と機械の共存は可能なのか

AIの普及と共に必ずといっていいほど語られるのは、やがて機械が感情を持ち、人間を排除しようとするのではないかという憶測です。つまり映画『ターミネーター』シリーズでいうところのスカイネットへの恐怖です。本書の中にも『ターミネーター』へのオマージュと思われるシーンがあります。キャットが自宅で息子のキャムにロックを披露すると(正直言うとここはちょっとひっかかりました。公私混同、プロ意識に欠けているのでは?と)彼は興味津々、一緒に映画を見ようと誘います。その映画が『ターミネーター2』なのですが、キャムは、シリーズ物なので1から観たほうがいいと言います。するとロックは1を秒で観終えます。キャムはスゲェ!(Cool!)と大興奮。夫が亡くなって以来久々に訪れた明るい団らん風景と、そこにいるのがAIであることにキャットは複雑な感情を覚えます。ロックも、普段職場では見せないキャットの豊かな表情をデータとしてどんどん取りこんでいき、人間の感情を理解しようとしていきます。その先に見えるのは対立ではなく、機械と人間が互いに学び合い、成長していこうというポジティブなビジョンです。

爽やかなエンディング

 ラストでは主要キャラの一人一人にしっかりとアフターフォローが施され、読後感が爽快になっています。キャットとロックの間にはまだ溝がありますが、今後はその溝が埋まり、息の合ったバディぶりを見せてくれるのではないかと思うとわくわくします。是非邦訳されて、息の長いシリーズ物になってくれることを願います。

 

今度こそ本当に今月の更新はこれでひとまず終わります。また来月に!