び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第45回 アントニー・ダンフォードその2

 第33回でご紹介した『Hunted』の前日譚となる本作。ダンフォードさんと版元のホベック・ブックスさん向けに英語バージョンを先にアップしましたが、こちらは日本語バージョンのレビューです。

【あらすじ】
 コラム・リードはダブリン在住。アイリッシュテレグラフの記者をしている。ある日編集長に呼ばれ、コンゴに行って野生動物の保護活動をしているケネット・ヘヴンの取材をしろという命を受ける。そうしてコラムはコンゴのガランバ国立公園へ飛ぶ。そこでケネットと彼の妹のジェーン、それにレンジャーと呼ばれる武装した自然保護官らに迎えられる。

 しかしガランバ国立公園は政情が不安定な南スーダンウガンダと国境を接しているうえに、とてつもなく広い公園の自然保護区内には密猟者集団、反政府組織、テロリストグループが潜んでいる。案の定コラムらが宿泊している建物は襲撃を受ける。『魂の兄弟』と名乗る襲撃者集団の狙いは、ガランバのレンジャー部隊が密猟者から押収して保管している象牙だ。そこへ悪名高きテロリストグループ『神の戦士』もやってくる。『神の戦士』のリーダーは絶滅したといわれているキタシロサイを見たと言っている。その情報の真偽を確かめるべくケネットが『神の戦士』とコンタクトを取ろうとして彼らを呼びよせたからだ。三つ巴の銃撃戦の末、コラム、ケネットとジェーンのヘヴン兄妹、レンジャー数人は『魂の兄弟』に捕らえられ、人質にさせられてしまう。果たしてコラムたちの運命は?!

コンゴのお勉強からスタート

 本書の前半は主人公コラムの目から見たコンゴの描写に当てられています。まず、ガランバ国立公園とは、コンゴ民主共和国北東部の、南スーダン国境近くに広がっている、ガランバ川一帯を含む国立公園です。キタシロサイの保護区として知られ、1980年にはユネスコ世界遺産にも登録されましたが、密猟の横行などによって野生のキタシロサイは絶滅し、世界遺産リストからの抹消も検討されたことがあるなど危機的な状況にさらされています。

 コラムにとっては目にするもの、耳にするものすべてが驚きの連続です。耳をつんざくような雨音、虫の鳴き声、闇に響き渡るのは猿の声。あっという間に陽が落ちるけれど夜が明るいのは満天の星空のせい。あまりの星の多さにコラムは驚嘆します。また、動物がすぐに芽を食べ尽くしてしまうので木は育たない。腰までの高さの草が生えている草原や、幅は狭いが深い急流があちこちを走り、車で進むには限界があるので結局移動は徒歩になる。コラムたちは捕らえられ、重い象牙を担がされて三日間歩かされます。夜は森の中の地面に寝かされるのですが、ズボンの裾から何かが入ってきてコラムは飛びあがります。ヘビだと思って慌ててズボンを脱ぐと、それは巨大バッタでした。見張りの男は笑ってそのバッタを捕まえてポケットに入れますが、それがなんと翌朝の朝食となって出てくるのです。コラムは思い切って口に入れます。すると、意外にもまずくない、ナッツに近い味だという感想を漏らします。アフリカでは昆虫類は貴重なタンパク源だといいますがいやはや……。

ファンにとっては嬉しい、おなじみのキャラとの再会

 本書は時系列的には前作『Hunted』の前日譚となるわけですが、『Hunted』に出てきたジェーン、ケネットは勿論、トニー、ジョモ、それにフランソワまで登場します。特にジェーンとジョモの出会いのきっかけとなったシーンがが描かれていて、銃撃戦の中ふたりのあいだに生じるケミストリーにファンは”きゅん”でしょう。地味に『Hunted』では傭兵だったフランソワがガランバのレンジャー部隊にいたのは笑った。

停滞しがちなストーリーの流れはもはやデフォ

 コラムたちが人質として捕らえられてからはしばらく話に大きな動きはなく、流れが停滞します。前作でも思ったのですが、どうも著者のダンフォードさんはストーリーを敢えて(なのでしょうか?)ドラマチックに演出しないところがあり、それがややもすればエンタメ性の欠如という印象を与えかねないのですが、今回もその点が改善されるどころか存続しているので、ここはもうこの作家の個性として受け入れるべきでしょう。私個人としてはこれで全然OK。むしろこのあざとさのない、媚びない路線がクセになっています。そしていよいよ……ストーリーの急展開をじりじりと待っていた読者の忍耐が報われるときがきます。

日本の田舎の片隅で

 真夜中に奇声、あげてしまいました。290ページでまじぶっとんだ。やってくれたね、ジェーン!もうヒャッハー状態!

 そしてエンディングは丁寧に描かれ、大団円を迎えます。終わりよければすべてよし、というわけで満足度高し。

ジェーンについて

 前作を読んでいればわかる通り、ジェーンにはいわゆる自閉症スペクトラム系の特徴があります。この特徴が活かされた、彼女の媚びない性格や集中力の高さが、今回はコラムの目を通して描かれています。前作はジェーンを主人公とした一人称に近い三人称で語られていましたが、今回のようにやや遠目の三人称で描かれたほうが彼女の優秀さとカッコよさが際立ちますね。もうシビレっぱなしでした。

 ダンフォードさん、ツイッターでは、次作にはウォーカー、マケナ、ムワイを再登場させるとリプしてくださったのでこれはもう楽しみ! これからもダンフォードさんとホベックさんを推しまくりますよ!