今回は、タイムズ紙の2026年5月のスリラー・オブ・ザ・マンスに選ばれた、ポール・ワーナーさんのデビュー作『A Spy In The Blood』をお送りします。
【あらすじ】
マーク・ウルフはかつて第一線で活躍していたMI6の精鋭スパイだったが、今は新人勧誘部門でデスクワークをしている。妻のアレシアはイタリア人で、肌はオリーブ色だ。長女のジョディはその遺伝子を受け継いで、瞳は褐色で肌はオリーブ色。日焼けをすると中東人と言っても通る。
彼が凄腕のスパイだったことを家族は知らない。
そんなある日、マークはTAJSSなる謎の組織から接触を受けてヘッドハンティングされる。どうやらTAJSSは諜報機関の下請けをしている民間警備会社らしい。当然断ったものの、好奇心だけは残った。
娘のジョディがオックスフォード大学を卒業後に選んだ道はMI6への入局だった。マークは、“血”を感じずにはいられなかった。父と同じスパイの道を選んだ娘。彼女の容姿と、アフガニスタンの公用語を流暢に話す語学力が評価され、あっという間に出世階段を駆け上がると、重要な任務を任されてアフガニスタンへと派遣されていった。
マークは妻のアレシアに、ジョディは災害ボランティアとして中東の地震被害地に行った、とだけ伝えておいた。娘も自分と同様にスパイになったことは伏せておいた。
しかしその後、衝撃的な動画が拡散された。画面の中でジョディは、イスラム過激派“アラーの代理人”という組織の一員だと宣言していた。MI6は、ジョディが寝返ったとして彼女の救出の放棄を決定。さらにマーク一家も“アラーの代理人”との関わりを疑われて家宅捜索を受ける。事実を隠しきれなくなったマークは妻に真実を話す。妻のアレシアは、結婚生活が嘘の上に成り立っていたと知って怒り、夫婦関係は修復は不可能になった。
ジョディは寝返っていないと信じるマークは、MI6の作戦担当官に何とか頼み込み、タリバンの本拠地を探って武器の流れを追うという任務を受ける体で単身アフガニスタンへと飛ぶ。果たしてマークは娘を見つけることができるのか。そして、彼女の裏切りの真実とは?!
高評価の理由は?
本書は2026年5月に刊行されるや、その一カ月後にNetflixがTVシリーズ化を発表したという鳴り物入りの作品として注目を浴びています。アマゾンやグッドリーズのレビューでも「こういう作品を待っていた」「とてもリアル」「現代のル・カレ」と絶賛されているようです。そこで、グーグル検索の手を借りながら、読者や書評家が絶賛しているポイントを整理してみました。
絶賛ポイント
その① 長年築かれてきた偽りの平和の崩壊を描く重厚な家族ドラマ
その② 主人公マークがアナログ時代に培ったスパイ技術と現代のデジタルテクノロジーとの対比の妙
その③ 誰が敵か味方かわからないサスペンスフルな緊張感
とまあ、ざっとこんな感じになるようです。では、このポイントに添って感想を挙げてみましょう。
まず①の重厚な家族ドラマについて
重厚感ナシ。主人公マークと妻のアレシア、娘のジョディとの関係がこまやかに描かれていないため、のちにマークがMI6のスパイだったと知れても、家庭内でお約束の騒ぎが起こる程度で、息子のブランドンにいたっては、何のために存在しているのかわからないくらいメインプロットに絡まず。一番肝心な娘のジョディとの関係についても、クライマックスの動機へと繋がるような描写が抽象的で、重厚な家族ドラマからは程遠い感じでした。
②アナログとデジタルの対比の妙について
この対比を面白く描いている見所のシーンなどは特にありませんでした。マークのアナログならではのアイデアで危機を脱するとか敵の裏をかくとかいったシーンもなく。
マークがタリバンに拘束され、イギリス軍がアフガニスタンから撤退しなければマークを処刑するという脅しのビデオを撮影するときは、タリバンが用意したカンペを読まされるのですが、マークは何とか自分が拘束されているタリバンの本拠地の場所をイギリス政府に伝えようとします。何をするんだろう、瞬きでモールス信号を送るとか? なんて考えながら読みすすめていくと、なんとカンペを読みつつもさりげなく、今自分はジャバルサラジにいる、という事実の一言を堂々と加え、あまりにさりげなく言ったために周りも気づかなかったという設定。おかげでMI6はマークがいる場所を特定できて救出に向かうことができました――って、ひねりも工夫もない展開にアゼン。
③誰が敵か味方かわからないサスペンスフルな緊張感
マークがアフガニスタンに着いてから接触するMI6の協力者、タリバンの指導者、CIAのスパイ、イスラム過激派“アラーの代理人”の長といった人々とのやりとりが上っ面だけなので今ひとつ緊張感が盛り上がらず。マークは絶体絶命の危機に陥っても毎回ぎりぎりのタイミングで助かるイベントの繰りかえしも緊張感が持続しない一因かも。
クライマックスには父娘の悲劇が待っていますが、そもそも父娘の関係が濃密に描かれていないため、胸に迫りくるものは希薄でした。
結論として
本書は面白くなりそうなポテンシャルが非常に高い作品だとわかりました。プロットの骨組み自体は悪くないのです。これを土台にして、おそらくドラマでは家族関係、特に娘との関係がもっと細やかに、エモーショナルに描かれることでしょう。アフガニスタン編での登場人物たちも、濃い目のキャラの俳優たちがキャスティングされていい味を出してくれればさらに盛り上がるはず。そういった意味ではドラマにしがいのある作品と言えるでしょう。実際、制作者側は、原作はあくまで大まかなベースだと述べています。
ちなみにドラマの脚本・製作総指揮はAdolescenceの 制作者でもあるジャック・スローンで、父親のマークはドラマではマットという名前になり、娘のジョディはレベッカという名前に変更され、演じるのは人気ドラマ『ストレンジャー・シングス』で知られるミリー・ボビー・ブラウンだとか。放映時期はまだ公式発表がありません。
なお、本書の続編『Funeral for a Spy』は2027年1月に出版される予定です。
※『窓際のスパイ』シリーズがお好きな方にお勧めとありますが、信じないでください。














