び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第119回 ポール・ワーナー

 今回は、タイムズ紙の2026年5月のスリラー・オブ・ザ・マンスに選ばれた、ポール・ワーナーさんのデビュー作『A Spy In The Blood』をお送りします。

【あらすじ】
 マーク・ウルフはかつて第一線で活躍していたMI6の精鋭スパイだったが、今は新人勧誘部門でデスクワークをしている。妻のアレシアはイタリア人で、肌はオリーブ色だ。長女のジョディはその遺伝子を受け継いで、瞳は褐色で肌はオリーブ色。日焼けをすると中東人と言っても通る。

 彼が凄腕のスパイだったことを家族は知らない。

 そんなある日、マークはTAJSSなる謎の組織から接触を受けてヘッドハンティングされる。どうやらTAJSSは諜報機関の下請けをしている民間警備会社らしい。当然断ったものの、好奇心だけは残った。

 娘のジョディがオックスフォード大学を卒業後に選んだ道はMI6への入局だった。マークは、“血”を感じずにはいられなかった。父と同じスパイの道を選んだ娘。彼女の容姿と、アフガニスタンの公用語を流暢に話す語学力が評価され、あっという間に出世階段を駆け上がると、重要な任務を任されてアフガニスタンへと派遣されていった。

 マークは妻のアレシアに、ジョディは災害ボランティアとして中東の地震被害地に行った、とだけ伝えておいた。娘も自分と同様にスパイになったことは伏せておいた。

 しかしその後、衝撃的な動画が拡散された。画面の中でジョディは、イスラム過激派“アラーの代理人”という組織の一員だと宣言していた。MI6は、ジョディが寝返ったとして彼女の救出の放棄を決定。さらにマーク一家も“アラーの代理人”との関わりを疑われて家宅捜索を受ける。事実を隠しきれなくなったマークは妻に真実を話す。妻のアレシアは、結婚生活が嘘の上に成り立っていたと知って怒り、夫婦関係は修復は不可能になった。

 ジョディは寝返っていないと信じるマークは、MI6の作戦担当官に何とか頼み込み、タリバンの本拠地を探って武器の流れを追うという任務を受ける体で単身アフガニスタンへと飛ぶ。果たしてマークは娘を見つけることができるのか。そして、彼女の裏切りの真実とは?!

高評価の理由は?

 本書は2026年5月に刊行されるや、その一カ月後にNetflixがTVシリーズ化を発表したという鳴り物入りの作品として注目を浴びています。アマゾンやグッドリーズのレビューでも「こういう作品を待っていた」「とてもリアル」「現代のル・カレ」と絶賛されているようです。そこで、グーグル検索の手を借りながら、読者や書評家が絶賛しているポイントを整理してみました。 

絶賛ポイント

その① 長年築かれてきた偽りの平和の崩壊を描く重厚な家族ドラマ

その② 主人公マークがアナログ時代に培ったスパイ技術と現代のデジタルテクノロジーとの対比の妙

その③ 誰が敵か味方かわからないサスペンスフルな緊張感

 とまあ、ざっとこんな感じになるようです。では、このポイントに添って感想を挙げてみましょう。

まず①の重厚な家族ドラマについて

 重厚感ナシ。主人公マークと妻のアレシア、娘のジョディとの関係がこまやかに描かれていないため、のちにマークがMI6のスパイだったと知れても、家庭内でお約束の騒ぎが起こる程度で、息子のブランドンにいたっては、何のために存在しているのかわからないくらいメインプロットに絡まず。一番肝心な娘のジョディとの関係についても、クライマックスの動機へと繋がるような描写が抽象的で、重厚な家族ドラマからは程遠い感じでした。

②アナログとデジタルの対比の妙について

 この対比を面白く描いている見所のシーンなどは特にありませんでした。マークのアナログならではのアイデアで危機を脱するとか敵の裏をかくとかいったシーンもなく。 

 マークがタリバンに拘束され、イギリス軍がアフガニスタンから撤退しなければマークを処刑するという脅しのビデオを撮影するときは、タリバンが用意したカンペを読まされるのですが、マークは何とか自分が拘束されているタリバンの本拠地の場所をイギリス政府に伝えようとします。何をするんだろう、瞬きでモールス信号を送るとか? なんて考えながら読みすすめていくと、なんとカンペを読みつつもさりげなく、今自分はジャバルサラジにいる、という事実の一言を堂々と加え、あまりにさりげなく言ったために周りも気づかなかったという設定。おかげでMI6はマークがいる場所を特定できて救出に向かうことができました――って、ひねりも工夫もない展開にアゼン。

③誰が敵か味方かわからないサスペンスフルな緊張感

 マークがアフガニスタンに着いてから接触するMI6の協力者、タリバンの指導者、CIAのスパイ、イスラム過激派“アラーの代理人”の長といった人々とのやりとりが上っ面だけなので今ひとつ緊張感が盛り上がらず。マークは絶体絶命の危機に陥っても毎回ぎりぎりのタイミングで助かるイベントの繰りかえしも緊張感が持続しない一因かも。
 クライマックスには父娘の悲劇が待っていますが、そもそも父娘の関係が濃密に描かれていないため、胸に迫りくるものは希薄でした。

結論として

 本書は面白くなりそうなポテンシャルが非常に高い作品だとわかりました。プロットの骨組み自体は悪くないのです。これを土台にして、おそらくドラマでは家族関係、特に娘との関係がもっと細やかに、エモーショナルに描かれることでしょう。アフガニスタン編での登場人物たちも、濃い目のキャラの俳優たちがキャスティングされていい味を出してくれればさらに盛り上がるはず。そういった意味ではドラマにしがいのある作品と言えるでしょう。実際、制作者側は、原作はあくまで大まかなベースだと述べています。

 ちなみにドラマの脚本・製作総指揮はAdolescenceの 制作者でもあるジャック・スローンで、父親のマークはドラマではマットという名前になり、娘のジョディはレベッカという名前に変更され、演じるのは人気ドラマ『ストレンジャー・シングス』で知られるミリー・ボビー・ブラウンだとか。放映時期はまだ公式発表がありません。

 なお、本書の続編『Funeral for a Spy』は2027年1月に出版される予定です。

※『窓際のスパイ』シリーズがお好きな方にお勧めとありますが、信じないでください。

 

第118回 マイケル・イドフ

 今回は、ミレニアル世代を主人公にしたエスピオナージュとして脚光を浴びた、2024年刊行のスパイスリラーをご紹介します。

 【あらすじ】
 2021年。

 ロシアのインフルエンサー、アントン・バスマニーは、贅沢三昧をしている政治家の屋敷にドローンを飛ばして撮影したりと、お騒がせな発信を繰り返していた。

 ミレニアル世代の若きCIA局員、アリ・フォークの任務は、アメリカのマスメディアのモスクワ支局に勤務するジャーナリストという偽装身分で、アントンをアメリカ側に寝返らせて反ロシアのプロパガンダの急先鋒にすることだった。もともと反政府活動的な発信をしていた彼を取り込むのは楽だった。そんな折、アントンが乗ったアンタルヤ・エアラインTQ77便にロシアのミグ戦闘機が接近し、機体はミンスク空港に急着陸を強いられた。アントンは、狙われたのは自分だと確信しながら、混乱の中携帯端末を使って状況を発信し続けた。

 CIAも即座に手を打った。アリの同僚のインガとクラウスが駆けつけ、アントンをセーフハウスに連れていって護衛した。しかしわずかな隙を突かれてインガ、クラウス、アントンは殺されてしまう。
 同じころ、カリフォルニアに住む億万長者の投資家ポール・オブランドがヨットでクルージング中に海に飛びこんで自殺したという事件が報道された。死体は見つかっていない。娘のマヤはそのヨットから父が書いた遺書らしいメモを発見するが、なぜかロシア語で書かれていたことに疑問を覚え、独自に調査を始める。

 一方のアリは、アントンが乗っていたTQ77便に、乗客名簿にはない男女を見つける。男のほうは、自殺したとされているポール・オブランドだった。アントン、インガ、クラウスの死はポール・オブランドと関係があるのか。やがて、ポール・オブランドを捜すアリとマヤの運命は交錯し、ともに真相を追うことになるが……。 

ミレニアル世代のエージェント

 ミレニアル世代とは1980年代前半から1990年代半ばまでに生まれ、2000年以降に社会人になった人々のことを指すようです。この世代はインターネット環境の整備が急速に進んだ時代に育ったゆえ、ネットを通じて国境や年齢、性別に固執しないさまざまな価値観に触れているため、上の世代よりも多様な価値観を受け入れやすく、個を尊重し、「自分は自分、人は人」という考え方をする傾向もある、ということらしいです。

 また、仕事一筋ではなく、柔軟な働き方(リモートワークなど)やプライベートの充実を強く求め、物に執着せず多様性(ダイバーシティ)やサステナビリティ(持続可能性)を重んじ、企業の社会的責任や倫理観を消費・就職の基準にし、ハンドメイドや地域限定商品といったユニークな製品を好む傾向にあるとか。

 なるほど、作中でも主人公のアリ・フォークは名前からして人種の属性が多様に感じられ、(イエール大出身のアメリカ人ですが)組織や国家に固く忠誠を誓っているわけでもなく、局内の出世競争にしゃかりきになっているわけでもない。ハンサムだが特に自意識過剰ではなく、高級品なども身に付けず、普段はウィーザーのTシャツがお気に入り。ちなみにウィーザー(Weezer)とは1992年に結成されたアメリカのロック・バンドということですが、聴いてみたらロックというよりキャッチーなメロディが耳に残るポップといった感じでした。(音楽業界では“パワーポップ”という位置づけらしいです)
 この、突き抜けた強烈な個性がない常識人、というキャラクターが物語的にはなんとも地味で印象の弱い存在となっています。

のめりこみにくい構成

 とにかく前半、話が頭に入ってきずらかったのは多視点による切り替えが多すぎたからではないでしょうか。著者のイドフさんは脚本の仕事も手がけていらっしゃるそうですが、脚本ならば場面を切り替えて、新キャラクターを登場させたら、その人物説明、状況説明、と書き込んでおけばそれで充分でしょう。でも小説は全体の構成を見据えての流れ、メリハリがとても大事です。多視点構成は、書き手としては楽でしょうが、読み手としては視点が変わるたびにぶつ切れになるので、ストーリーのライドにうまく乗せられていない気がして心地よくないのです。後半は一転、主人公ふたりに視点が絞られたおかげで話が引き締まり、緊張感が持続して楽しめました。

 すべては“愛”で締める(そういうとこだよなあ……)

 ラストに近づくにしたがって盛り上がってきた~と思ったら、どんどんと話がメロドラマチックな方向へと行ってしまい、終着点が“愛”ってことになりまして、はぁ~?とちょっとため息。最後のほう、真相の鍵を握る老スパイが“動機は愛(キリッ)”(P232 The love is motive)と高らかに断言。ここが脚本家出身のイドフさんらしさというところでしょうか。テレビドラマならそれで万々歳なのでしょうが……。個人的にはこういう甘さ、ちょっと苦手でした。あとで検索して知ったのですが、かの有名レビューサイト『Crime Fiction Lover』でも “CIAにしてはびっくりするほど感傷的”(surprisingly sentimental for CIA)と評されています。

 もっとも、作戦のディテールなどはわりとこまかに描かれているので、本格スパイ物と評価する読者もそれなりにいるようです。本書は三部作で、二巻目『The Cormorant Hunt』は2026年1月に刊行されています。三巻目は未定のようです。(2026年9月末現在)

 

 

第117回 クリス・マクギンリー

 今回は、刊行が2026年7月と比較的新しい本でありながら、なぜかキンドルで¥157という破格の値がついていた作品をご紹介します。

【あらすじ】
 1887年。
 ニューイングランド、バークシャー。

 ヘンリエッタ・クインは趣味でホラー系ファンタジーの小説を書いているのを夫に見つけられ、精神病院に連れていかれて精神病と診断され、療養と称して山あいの奥地に立つ女子修道院に入れられた。

 あるとき修道女【シスター】たちはグロと呼ばれる、針の毛で覆われ、長く湾曲した牙と黒く長い舌を持つ、翼が生えたオオカミのような外見の捕食獣に襲われる。村の子供もグロに食べられてしまうという不幸に見舞われ、ついにシスターたちはグロとの戦いに立ちあがった。

 怪物との戦いを通して女性の自立と自由を描くヒストリカル・ホラー・アクション!

破格の安値!

 いや~、よかったよかった。本書が¥157ですんで。通常の二千円超えの値段で買っていたら、これを選んだ自分への腹立たしさに悶絶していたことでしょう。虐げられた女性たちの復讐劇、魔物とのバトルアクション、という宣伝に釣られて買ってしまったのですが、冒頭数ページの抑揚のない筆致で、“あ、ヤバいかも”という気づきがありました。なんというか、文体に引きこまれるような“つかみ”がないのです。こりゃだめだわ……と気持ちは早々にリタイア。でも後半にどんでん返しがあるかもしれない、と思って頑張ってページをめくります。

ゲーム風な設定(のはず)

 グロと呼ばれる異形の怪物に襲われる非力な女性たちが、身の回りにある即席の武器で立ち向かい、経験を重ねてバトルのレベルを上げていく――という展開は、本来であれば怪物のほうもスケールアップしていって、最後はシスターVS巨大ラスボス、というスペクタクルになるはずが、本書ではそのイベントが起きませんでした。

 グロに変化/進化がないので戦いがいつも同じパターンなのです。襲ってくる→しばらく中休み→襲ってくる、という繰りかえし。いつ、どこから忍びこんで来るかもわからない、取り憑かれるかもしれない、という恐怖もありません。(後半、飢えに苦しむシスターたちがグロの死骸を焼いて食べるシーンがあります。そこでグロを食べた者たちがグロになってしまうのでは、とヒヤヒヤしましたがそんな展開もなく)

なぜにマッパ?

 ストーリーは、女性たちが自立心を得て逞しく成長していく、という描写でかろうじて牽引力を保って進行します。しかし、女性はかくあるべき、という押しつけからの解放の象徴がなぜか“全裸になる”という行動で示されます。真冬の山間部、外は吹雪という設定であるにもかかわらず、シスターたちは戦いで気分が高揚し、性的にもほてった身体を鎮めるために、臭くて汚れた修道着を脱ぎ捨てる。なぜか下着は一切着ていない設定で、脱ぐとすぐ全裸に。

 おそらく著者は“古い価値観からの脱皮”とか、そういったものを重ね合わせたつもりでしょうが、読者としては、あまりに短絡的な男性的思考に唖然。しかも彼女たちの変化というのが、羞恥心を捨ててその辺の野で、男の神父がそばにいても平気で大小便ができるようになるとか、みんなでビンに入った酒を回し飲みするとか、ラストでヘンリエッタを迎えに来た夫を、戦いで培ったパンチで腹バンして倒すとか――いや、それ女性解放というより単なる男性化では? 

著者クリス・マクギンリーさんについて

 本書には第21回でご紹介したクリス・オフットさんの熱い推薦文もあります。あの名作家クリス・オフットさんのお薦めというのもあって心を動かされたわけですが、調べてみるとマクギンリーさんはオフットさんと同じケンタッキー出身でした。なるほど、同郷人としてのエールだったのですね。
 ちなみにマクギンリーさんはこれまでアパラチア山岳地帯を舞台にした犯罪小説を書いていらして、2019年には彼の短編集『Hellbenders』がベスト・アメリカン・ミステリー・ストーリーズの候補に選出されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第116回 レベッカ・フィリップソン

今回は3カ月前に読み終わっていた、大型新人レベッカ・フィリップソンさんのデビュー作『How To Get Away With Murder』をお送りします。

【あらすじ】
  サム(サマンサ)・ハンセン警部補(四十歳)はロンドン警視庁【メット】きっての敏腕刑事だったが、半年前に同僚のローリー部長刑事から性的暴行を受けてPTSDを患い、現在休職中の身だ。上司のハリー主任警部はローリーをほかの署に転属させたものの、扱いは栄転だった。男女間のことはどちらが悪いかわからないというのが結論だった。被害を理解してもらえないという事実はさらにサムを傷つけた。  

 そろそろ復職してはどうかと言う精神科医にノーを突きつけて病院を出たが、その帰り道で殺人事件の捜査現場に遭遇する。そこで十四歳の少女の殺人事件を知り、これも何かの巡りあわせかもしれないと思って復帰を決める。

 犯行現場には『殺人罪から逃げ切る方法』という本が落ちていた。そこには、著者のデンヴァー・ブレイディが人を殺して逃げおおせた成功体験がいくつも綴られていた。それが本当ならばデンヴァー・ブレイディは稀代のシリアルキラーだ。果たしてシャーロットもデンヴァーに殺されたのか。PTSDを抱えた女性刑事と自称シリアルキラーの対決やいかに?!

期待の大型新人誕生

 2026年2月に刊行された本書『How To Get Awat With Murder』は新人作家の作品ながら、すでにドイツ、イタリア、フランス、スペイン、ポルトガル、ウクライナ、中国で翻訳出版されることが決定しているという注目作です。“シリアルキラー” “作中作” “警察バディ物”という三拍子が揃った本書は、ミステリー好きの日本人読者の心もくすぐるのではないでしょうか。

主人公のキャラクター造形が好ましい

 本書のよかった点としてまず挙げられるのは、主人公サム・ハンセンのキャラクター造形でしょう。欧米の翻訳物の女性主人公にありがちな、グイグイ来る、ややもすれば押しつけがましい自己主張がなく、ときに自己を省みて、間違ったと思ったことは謝罪するところなどは、日本人の読者の感性にすんなり受けいれてもらえそうです。彼女が抱えているトラウマにしても、ダイレクトに描写するのではなく、じわじわと時間差で襲ってくるフラッシュバックでその恐ろしさをあえて間接的に表現しています。こういったところはいかにもイギリス物らしい。

完全ノックアウト

 ユーモアや皮肉の描き方にもイギリスらしい、ワンクッション置いたひねりや冷笑が効かされていて、にやりとさせられます。

 ラスト近くになってサムが捜査からはずされると、こんなぎりぎりになってどこへランディングするのだろうかと、読者としては困惑させられるのですが、最後の最後で明かされる『殺人罪から逃げ切る方法』からの一節で、そうくるか、とうならせられます。それぞれの箇所は直接的には一切描かれていないのに、このあとからじわじわくる“間接的カタルシス”にやられました。完全ノックアウトです。惚れてしまうやろ~! フィリップソンさん! こういうところ、イギリス人だよなあ。

気になるところもなくもなく

 気になる点としては、やはり新人作家だからこなれていないというところでしょうか、繰りかえしが多いのが気になりました。これまでのおさらいと称してときどき内容を整理してくれるのは翻訳ミステリー初心者勢には親切設計なのですが、読み慣れている読者にとってはフラストレーションに感じられるでしょう。この辺がすっきりして筆致がもう少しシャープになれば言うことなしです。いえ、このままでもご本人の個性、特徴として許容される範囲かもしれません。

 いずれにしても、次作が楽しみな大型新人の誕生に拍手です。

 

 

 

 

 

 

 

 

第115回 サイモン・スカロウ

 今回はめずらしく、すでに『ベルリンに堕ちる闇』というタイトルで既訳が出ている作品『Blackout』をご紹介します。

【あらすじ】
 1939年、ナチス政権下のベルリン。夜間空襲に備えた”灯火管制(ブラックアウト)”によってもたらされる闇の中で、元女優のゲルダ・コルツェニが殺害された。その件は、上層部からの命令でなぜか管轄外のホルスト・シェンケ警部補のところに回ってきた。
 ホルスト・シェンケは中流貴族の出で、元レーシングドライバーだったが大怪我を負って引退し、その後 クリポ(国家警察)に入ったという経歴の持ち主だ。警察の仕事に集中するため、という建前のもと、ナチス党に入党していない。そのことで政治思想を疑われ、ゲシュタポからも目をつけられている。

 だが、そういったシェンケのスタンスがゲシュタポの局長のハインリッヒ・ミュラーの目を引いた。殺された元女優のゲルダ・コルツェニはナチス党幹部の妻でもあったため、この件が党内の派閥争いに利用されることを危惧したミュラーは、なんのしがらみも持たないシェンケに捜査を命じたのだった。

 シェンケ率いる捜査班の努力によって、同様の被害者がほかにもいることがわかり、この件は連続殺人事件の様相を呈していく。しかも残された証拠から犯人はゲシュタポの局員だという疑いが強まっていくと、シェンケに各方面からの圧力がかかってきた。
 組織の一員として所詮は命令に従うしかないと自らに言いきかせつつ、捜査に邁進するシェンケだったが――。

 邦訳版 

 本作品は『ベルリンに堕ちる闇』として2021年11月17日に刊行されています。

 原書を勢いでポチっちゃってあとから気づいたのですが、まあ原書を読むことは百利あって一害なし。 確か、第111回で紹介した『Munich Wolf』と読み比べようと思って買ったと記憶しています。ということで、さっそく比べて見ましょう。

 設定の年代

 こちらの『Blackout』は1939年、ドイツがポーランドに侵攻して西部を占領し、意気揚々とした雰囲気が高まっている時期、一方の『Munich Wolf』はそれより少し前の1935年が舞台となっていて、まだ第二次世界大戦は始まっていません。ナチ党が大躍進を遂げてヒトラーが独裁体制を固めかけている時期となっています。

主人公の共通点

 この年代のドイツといえば当然悪名高きナチ党がどうしてもストーリーの中心になってしまうわけで、その話を現代の、主に自由主義国家の市場に向けて売り出すのですから、読者の支持を得るためにも、主人公がナチ党に反対している、という設定にせざるを得ないのは致し方ないところでしょう。ゆえに、両作品とも主人公はナチ党員ではありません。それを受けて本書『Blackout』では主人公のシェンケはゲシュタポに、『Munich Wolf』の主人公ヴォルフはゲシュタポの前身組織BPP(バイエルン政治警察)に目をつけられます。

監視役

 その流れで両主人公の捜査チームにはゲシュタポ/BPPの上層部から監視役が送りこまれます。『Blackout 』ではオットー・リープヴィッツ、『Munich Wolf』ではハンス・ヴィンターがその役目を担い、両者とも最初は嫌われ役でありながら、最後には主人公の最高の相棒になるという、憎めないキャラ設定になっています。

 リープヴィッツは、空気は読まない、自分の能力を謙遜しない、ぼくならできます、と言ってホントにラストで犯人の額ど真ん中に銃弾を撃ち込むという、いまどきでいうところの自閉症スペクトラムがかったキャラがうまい具合に描かれています。一方のハンスは、初めは本当に嫌味タラタラのやつだったのに、ナチ党員でありながら実はユダヤ人の血が入っているということをヴォルフに知られて以来、段々と互いに信頼するようになってラストでは身体を張ってヴォルフの命を救ったりと、両者とも魅力的なキャラクターとなっています。

 扱う事件も似ている

 起こるのは若い女性を狙った連続猟奇殺人事件ですが、まあ本書にかかわらずこういった事件はミステリーの定番ですから、その点は特に声を大にして言うほどの共通点ではないかと。それよりも犯人を捕まえる経緯のお約束に則ったスタンダードさ。この安定感、安心感が最大の共通点でしょう。そういえば両作品とも、結局のところ犯人の犯行動機がよくわからなかったところも似ているかな……。まあ、精神分析がメインではないので、”変なやつだった”と、どの時代にもおかしなやつはいる、とそれでいいのです!

 まとめ

 ドイツ物のヒストリカルミステリーには確固たる需要があるようです。この時代の特殊なシステムや空気感がある一定の人々を惹きつけるのでしょう。本書の巻頭、巻末には当時の警察の組織図や局長の名前の一覧表などが載っていました。既訳が出ている原書をミスって買ってしまいましたが、結果オーライでした。いつかこの一覧表が役に立つときがくるかも!

 なお、本書はシリーズ物の一作目で、現在三作目まで出ています。

 Dead of Night(2023年)

A Death in Berlin(2026年)

 

第114回 G・D・ライト

 今回は2024年に刊行されたG・D・ライトさんのデビュー作であり、シリーズの一作目でもある『After The Storm』をご紹介します。

【あらすじ】
 イギリスの海岸沿いの町、ビーチブルックに住むアンドリューとソフィーのウィックス夫妻にはマリアという六歳になる娘がいた。同じ町に住む、やはり六歳のジョーという息子を持つクリスとリンダのジェイミソン夫妻とは親友で、子供同士も大の仲良しだ。クリスは警官、リンダは救命士という激務に就いているので、ウィックス夫妻は毎日ジョーを預かって、娘のマリアと遊ばせている。

 その日も朝早く、リンダは息子のジョーをウィックス家に預けて職場へと向かっていった。
 外は嵐の気配を見せはじめていたが、子供たちはどうしても海岸で凧揚げをしたいとだだをこねる。じゃあ少しだけ、という約束でアンドリューとソフィーは子供たちを海岸へ連れていき、遊ぶ姿を見守った。そのとき、イヌの散歩をしていた者がリードを離してしまい、イヌは妊娠中のソフィーに襲いかかっていく。とめに入ったアンドリューだったが、その隙に子供たちが波に吞まれていった。
 慌てて海に飛びこんで一旦は子供たちをつかんだものの、マリアが離れかけていく。マリアはジョーに馬乗りになる格好で必死にしがみついて海面から顔を出すが、そのせいでジョーは水面下へと沈んでしまい、やがて消えていった。救助隊によって発見されたときは、溺死していた。

 息子を失い、怒りと悲しみに打ちひしがれるクリスとリンダ。自責の念に駆られるアンドリュー。親友と夫の板挟みになって苦しむソフィー。
しかし悲劇はそれだけでは終わらなかった。息子の喪失を苦にしてリンダが自殺してしまったのだ。怒り狂ったクリスはアンドリューに襲いかかって大乱闘となり、それをとめようとして駆けつけたクリスの父親のトレヴァーは心臓発作を起こして死んでしまう。

 いよいよクリスは復讐の鬼と化し、ウィックス家を執拗に狙うようになる。ついには彼らの家に放火し、娘のマリアを誘拐する。果たしてウィックス一家の運命は?!

430ページの力作

 これといったひっかかりもなく、するすると読ませる筆致で、本書はG・D・ライトさんのデビュー作ながらアマゾン評価4.3、レビュー数も1500件(2026年8月末現在)など、確固たる支持を集めています。ページ数も430ページとなかなかの力作ではありますが、よく言えばその重みを感じさせない、リーダビリティーの高い作品、悪くいえばページ数の割に濃度が薄かった作品に感じられました。まず、ストーリー内で起きた出来事が少なすぎる、これが濃度の薄い原因でしょう。

 では何にページが割かれているのかというと、周辺描写なのです。よく言えば丁寧な描写なのでしょうが、ひとつのムーヴから次のムーヴに入るまでが長い。きっと著者はどんなムーヴもきっちりと書かないと気が済まないタイプなのでしょう。私などは序盤でこの癖がわかったので、キャラクターがひとつの動作を始めたら、セルフワープで次の動作へと読みとばすようにしていました。
 しかしそれでも、たとえば、ソフィーがクリスにストーキングされていると怯えて警察に通報するシーンで、ソフィーは気が動転していてうまく話せず、オペレーターに大丈夫ですか?と訊かれる。と、ここで数ページ飛ばして次のムーヴに移ったかな~と思いながらまた読みだすと、「大丈夫ですか? 落ち着いて――」って、まだオペレーターが話してるわ!! とまあ、こんな具合でひとつのムーヴの描写が長い。

構成に釈然としないところも

 ミステリー要素はほとんどなく、物語は二組の夫婦の喪失、悲しみ、自責他責といった心情に焦点があてられていきます。なるほど、人間同士の感情のぶつかり合いで読ませるタイプですか、と思っていると、ある一定のライン以上はそういった心情も深掘りされず。このへんのドラマが中途半端なまま投げ出され、60%を過ぎたあたりからはすっかり隣人ストーカー系のスリラーとなります。だったらもっと早くからスリラーにして、コワい隣人から逆恨みされる一家の恐怖を描く、緊張感高まるストーリーにしてくれたほうがドキドキを楽しめたでしょう。ここぞというときにことごとくポカをやらかす警察も、スリラー仕立てだったらむしろお約束ということで許せたハズ。

続編あり

 とはいえ本作はG・D・ライトさんのデビュー作です。この丁寧な筆致が醸し出す世界観を高く評価する読者も多く、続編が二作刊行されています。

2025年『Into The Fire』

2026年『Against The Tide』

 どの作品も舞台は同じく海辺の町ビーチブルックスというシリーズですが、関連は緩めなので、単独で読んでも楽しめるようです。

 

 

 

 

 

第113回 ロビン・ヨクム

 今回は、2017年にエドガー賞最優秀新人賞の最終候補にノミネートされたこともある実力派作家ロビン・ヨクムさんの、2025年12月に刊行された作品『The Last Hitman』をお送りします。

【あらすじ】

 2019年、オハイオ州ステューベンヴィル。アンジェロ・チプリアーニは六十九歳。十七歳のときにフォルトナート・ファミリーのドン、”アイスマン”・アルに拾われ、以来彼に絶対的な忠誠を誓って組織内の序列を駆け上がってきた。

 1974年、ライバルファミリーの襲撃によってアルと何名かの幹部が死亡。フォルトナート・ファミリーにとっては痛恨の打撃だったが、アルの息子のビッグ・トミーが組織を継ぎ、アンジェロはふたつ年上の、兄のような存在であるそのビッグ・トミーとともに組織を支えながら血で血を洗う抗争を生き抜いてきた。

 そのビッグ・トミーも六年前に病死し、今は息子のリトル・トミーがボスとなっている。リトル・トミーは先代のやり方にまったく敬意を払わず、父親が絶対に手を出さなかった麻薬をメインのしのぎにし、巨額の儲けを得ていた。

 リトル・トミーにとってアンジェロのような古参の幹部は目の上のこぶだった。それで、アンジェロを潰そうとして危険な仕事を回すが、アンジェロはそのたびに危機を脱していた。

 アンジェロも、自分が組織に煙たがられているのはわかっていた。そんなとき、FBIの特別捜査官のロスが接近してくる。彼は、リトル・トミーの麻薬売買を一斉摘発したいので情報提供してほしいとアンジェロの持ちかける。そうすればアンジェロの過去の殺しの罪も起訴しないと言う。いくらリトル・トミーのやり方が気に入らないとはいえ、組織を裏切ることはできない。それにビッグ・トミーが死の間際に、”息子を頼む”と言ったことも忘れてはいない。

 ロスの申し出を断ったアンジェロだったが、リトル・トミーはアンジェロを裏切り者と糾弾して暗殺指令を出す。組織内にFBIと繋がっている者がいて、アンジェロがロスと接触したという情報をリトル・トミーに教えたからだ。そうしてリトル・トミーに命を狙われるはめになり、さらには兄とも慕ったビッグ・トミーが実はリトル・トミーに毒殺されたという事実を知り、アンジェロは完全にリトル・トミーに見切りをつける。しかしFBI内に組織のスパイがいる以上、ロスと手を組んでリトル・トミーを追い詰めるわけにはいかない。そんなことをしたらリトル・トミーに筒抜けだ。

 アンジェロは、まだ生き残って介護施設にいる昔の幹部のニッケルスを引きいれて、ある作戦を立てる。こうして老兵の反撃が始まった――。

ゴリゴリのマフィア物

 本書は、思っていた以上にかなりのマフィア物でした。マフィア物というと、まずは『ゴッドファーザー』を思い浮かべる方も多いでしょうが、私の場合、何度か『ゴッドファーザー』を観たものの、どうしても頭に入ってこないのです。”どうしてこうなるの?” ”このとき何を考えてるの?” なんで、このときこの表情なの? ”え?、ただ過剰に妹思いだけなの?” それらの質問に対し、”ここは――で、――と考えてるからこの表情なんだよ。――には野心はなくて、忠実な弁護士で――ブラブラブラ……”と相方に熱の入った説明を聞かされても右から左へと抜けていく始末。どうも私にはホモソーシャル間でやりとりされる男同士の暗号を解読する感性が皆無のようです。

 しかし本書はちがっていました。著者のヨクムさんの丁寧な筆致も相まって、しっかり頭に入ってきました。もしかしたら、この手の作品でよく見られる、男の美学へと昇華されがちなマスキュリズム色が薄く、主人公を属性よりもひとりの人間としてとらえているからかもしれません。

主人公アンジェロの親しみやすさ

 アンジェロ・チプリアーニという、マフィアの恐ろしい殺し屋でありながら何とも自然体なこのキャラクターの、滲み出るような魅力はどこからくるのか。著者のヨクムさんのバイオを見ると、1950年生まれ、オハイオ州ジェファーソン郡のブリリアントの鉄鋼労働者の家庭で育ったとあります。本書の主人公のアンジェロは、オハイオ州ジェファーソン郡のステューベンヴィルにあるゲットーのリトル・イタリーで育ち、父親は製鉄所の工員だったという設定。そう、ふたりは非常に似ているのです。昔を懐かしむアンジェロの姿はそのまま著者のヨクムさんの姿に重なります。彼自身の、この地域への郷愁、薬物汚染の懸念なども反映されていると思うと、アンジェロの親しみやすさにも納得がいきました。

 実は私の読書の信条に、「生まれ育った土地を舞台にする作家に間違いはない」というものがあります。その土地の匂いまで伝わってくるような、故郷への愛(と憎)が滲みでてくるような作品が大好きなのです。そういう意味でも本作品はドンピシャリでした。 

ストーリーではなく、シチュエーション読ませる作品

 本書はストーリーの起伏で読者を引きこむスリラー系の話ではありません。冒頭こそ現在(ここでは2019年)からスタートしますが、そのあとはアンジェロが過去を振り返るというていで、昔のファミリーのメンバーたちとの間に起きたエピソードやライバルファミリーとの抗争の様子が語られていきます。十七歳のアンジェロがボスに拾われて、その後出世階段を駆け上がっていく様子は、ちょっと趣はちがいますがジェイク・ラマーの『ヴァイパーズ・ドリーム』を彷彿とさせます。 

 各エピソードは、正直『ソプラノズ』を観なれている私などは予想がつく展開で意外性は特にありませんが、それでもアンジェロと、脇を固めるサブキャラたちとの関係性がしっかりと描かれているおかげで最後まで楽しめました。ゆったりと構えて文字の一語一語まで味わうのがお薦めの読み方といえるのではないでしょうか。