び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第108回 ケヴィン・ウェイド

 う~ん、最近はずしまくっているので今回こそは絶対に無難路線でいこうと思い、先月発表されたエドガー賞候補の中から新人賞にノミネートされている作品をピックアップしました。

【あらすじ】
 全米屈指の高級住宅地として知られるニューヨーク州ロングアイランド、ノースショア。そこのベイヴィルという町の警察署長ジープは、ビーチに死体が打ちあげられたという連絡を受けて現場に駆けつけた。どうやら泳いでいる途中でボートか何かにぶつかって死んだらしい。しかし、死体の足首にラクロスのスティックがX字に二本交差されたタトゥーが入っているのを見てジープは愕然とする。その死体はジープの友人のジョニー・チャンブリスだった。

 二十年前、十七歳だったジープとジョニーはラクロス・チームの最強コンビだった。チームが優勝したあと、ふたりは勝利を記念して足首にお揃いのタトゥーを入れたのだった。その後、ふたりの生きる道は分かれていった。庶民の家庭の子供のジープは父親と同じくNYPDの警官となり、大富豪の息子のジョニーはセレブの道を歩んでいった。彼は特権階級特有の無邪気な傲慢さを備えた魅力的な男だったが、常識的な感覚にあまりに疎かったため裏では姓のチャンブリスをもじって”ケアレス”【無頓着】と陰口を叩かれていた。だがジープにとってはかけがえのない友人だった。

 彼の死は事故死と見られたが、ジョニーがいつも身につけている、先祖代々受け継がれてきたロレックスの時計が死体には嵌められてなかったことがジープは気になっていた。しかしジョニーとは友人関係だったことが利益相反にあたるとして捜査からはずされ、事件は郡警察の手に渡ってしまう。

 ジープは不本意ながら、別件の車両窃盗団の追跡に集中する。そのころ富裕層の高級車が盗まれるという事件が多発していて、自身もポルシェを盗まれた被害者であるドナヒュー町長からは警察は無能だと不満をぶちまけられていた。ジープは部下とともに窃盗団を追い詰めていくが、やがてその窃盗団が南米系のグループであることがわかり、ジョニーの死との接点が見つかって事件は急展開を迎える。

抜群の安定感

 著者のケヴィン・ウェイドさんのご職業は脚本家というだけあって、本書には新人賞候補作品らしからぬ抜群の安定感がありました。ちなみにケヴィンさんの代表作は日本でも『ブルーブラッド~NYPD家族の絆~』というタイトルでDVDが発売されているようです。本国アメリカではCBSで2010年から放映され、現在も好評放映中です。

 そんなわけで、全250ページ弱と短めながら、ツボを心得た展開でしっかりとまとまっています。さすがエドガー賞候補。このところ読んでいたインディー系とはやはり実力がレベチ。ここからさらに削ぎ落とされるのですから受賞作がすごいのは当然でしょう。

村上春樹の香り

 本書を読んでいてふと感じたのは”村上春樹”の香りです。なぜなのだろう、と思ったら、そう、本書の舞台はロングアイランドでメインキャラクターは富裕層の者たちとくれば、思い出されるのは『華麗なるギャツビー』です。そして村上春樹氏は『華麗なるギャツビー』が大のお気に入り。なるほど、本書に登場するジョニーはジェームズ・ギャッツに重なります。そして、いかにも村上氏が好きそうな、含蓄のあるメロウなセリフ回し。本書はストーリーと共に会話の妙が読みどころとなっています。ただ、もし邦訳となったらその点がネックかもしれません。当然直訳ではまったく意味が通じないので意訳が必至ですし、うまく意訳するにはそれこそ村上春樹ばりのセンスが必要でしょう。小粒な作品ではありますが、翻訳はなかなかに手強いかと。

オールドファン垂涎

『華麗なるギャツビー』のみならず、本書で描かれるジープとジョニーの友情からはチャンドラーの『長いお別れ』が思い起こされます。彼らの関係はフィリップ・マーロウとテリー・レノックスにも、あるいはマーロウとロジャー・ウェイドの関係にも似ているかもしれません。個人的には『長いお別れ』のオマージュとしても名高いジェイムズ・グラムリーの『さらば甘き口づけ』のほうに近いかなとも。特に、本書のジョニーの元妻とジップの関係は、『さらば甘き口づけ』の探偵スルーとトラハーンの元妻を彷彿とさせます。さらには、特権階級の家族の秘密をベースにしたプロットからはロス・マクのシリーズが思い出されます。本書に推薦文を寄せているカール・ハイアセンは、”ドナルド・ウエストレイクとロバート・B・パーカーを合わせたような作品”と絶賛しています。そういった意味では、古きよき時代のミステリーを愛するオールドファンが存分に楽しめる一冊なのではないでしょうか。

あえて難をいえば

 本書を殺人事件に挑む警察小説と思って読むと、やや失望するかもしれません。事件の謎解きをスリリングに描いているわけでもなく、被害者が抱えていた秘密というのも友人であるジープは以前から知っていたというオチ。そもそも著者はミステリーよりも人間ドラマのほうに重きを置いて書いています。そのあたりも、いかにも脚本家らしいといった感じです。なお、本書は第一巻となっているので今後シリーズ化されるようです。