び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第49回 サイモン・メイソン

今回も引き続き2023年度CWA賞ゴールデンダガー賞の最終候補作をご紹介します。

【あらすじ】

 バーナバス大学の学長室で若い女性の絞殺死体が発見された。犯行時刻の頃、大学のダイニング・ホールでは晩餐会が催されていた。主賓はアラブ首長国連邦の要人で現在はロンドン在住のアル・マディナという億万長者だ。学長はアル・マディナから寄付を取り付けようと必死だったが、彼の機嫌を損ねてしまい、早々に退散させてしまう。その他参加者は大学の中東研究所のグッドマン博士、ハーバード大卒の美術史家ケント・ドッジ。さらに給仕スタッフの中にはシリア難民のアメーナ・ナジブという女性もいた。

 署からの指令を受けて現場に駆けつけたのはライアン・ウィルキンズ警部補、二十七歳。彼はとても刑事には見えない容姿をしていた。ジャージの上下、野球帽。ひょろっとした身体。ストリートにたむろする十代の白人といった感じだ。彼の歯に衣着せぬズケズケとした物言いに学長の怒りが頂点に達したとき、もうひとりのウィルキンズ警部補が到着した。レイモンド・ウィルキンズ警部補、三十歳。オックスフォード大学卒で教養があり、ブランド物の服を身につけた美形の黒人男性。実は警察の通信指令係が同じ名字のせいで間違ってライアン・ウィルキンズ警部補を現場に送ってしまったのだった。本来この件の担当の命を受けたのはレイモンド・ウィルキンズ警部補のほうだった。ふたりの上司のワディントン警視はライアンをこの件からはずそうとしたが、ライアンは持ち前の鋭い観察眼を披露して捜査に加わりたいと訴える。警視は、レイモンドがライアンを厳しく監督するという条件付きでライアンが捜査に加わることを許可する。そうしてライアンとレイモンドというふたりのデコボココンビの捜査が始まった。

 しかし容疑者が二転三転する中で、ライアンの二歳になるひとり息子が誘拐されるという騒動が起き、ライアンは怒りを抑えきれずに暴走してしまう。そのせいで警察をクビになり、事件の解決はレイモンドに託される。もうライアンとは連絡を取るなと警視に釘を刺されたレイモンドだったが、事件の重要な手がかりを掴んでいたライアンを無視できず、彼とともに犯人を追うのだった。

新タイプのキャラ爆誕

 破天荒とも言えるライアンのキャラクターは過去にいないタイプで新鮮味があります。勿論この手のはみ出し刑事は大勢いますが、1990年生まれのチャブ系警部補、というキャラクターはミステリー史上初めてではないでしょうか。しかし残念なことにライアンのインパクトは規格外、とまではいっていません。確かに言葉遣いの汚さや怒りを抑制できない性格という特徴はありますが、言葉遣いの汚さといっても常識の範囲内だし(ジャクソン・ラムの足元にも及びません)、怒りを抑制できないといってもささいなことでしょっちゅうキレているわけではなく、そんなことされたら誰だって怒るだろうというところで怒っています。また、子供のころキックボクシングを習っていたという設定で喧嘩もまあまあ強い。作中では襲ってきた男に華麗に跳び蹴りを食わせるシーンもあります。でも別のシーンでは多勢に無勢ということもあってボコボコにやられています。推理力の点でも、そこそこに鋭い観察眼を発揮したりもしますが、天才的というほどではありません。うーん……、何かひとつぐらい特殊能力があってもよかったかなあと。もう少し型破りな面を見せてくれたらエンタメ的に盛り上がったのでは、と思います。せっかくこのようなキャラ設定にしたのですから。

メインプロットの殺人事件は?

 晩餐会の夜に若い女性が殺され、主催者の学長サー・ジェイムズを始め出席者が次々と疑われていくという、アガサ・クリスティの古典的ミステリー風に進んでいきますが、アラブ首長国連邦の要人のアル・マディナやシリア難民のアメーナ・ナジブを絡ませて、すわ、国際テロか、と思わせたところで学長のセクハラ問題が浮上したり、大学所有の美術品であるコーランが紛失して盗難事件も加わったりと二転三転します。このあたり、基本的な情報収集は署の情報通信部のナディムが行い、その情報に基づいてライアンとレイモンドがあちこち動くといった地道な展開に終始します。時折その過程で容疑者を追いかけたり殴り合いになったりとアクションシーンもちょいちょい挟まれてはいますが、思いもよらない出来事から事件の糸口が掴めたとか、そういったドラマチックな動きは特にありません。うーん、ここももう少しわくわくするようなハラハラするようなエンタメ性がもう一押しほしかったところです。

ストーリーはある意味予想外の展開へ

 この手のストーリーは、破天荒キャラが捜査の過程でエリート有力者をさんざん怒らせたせいで報復措置として警察をクビにされそうになるものの、最後の最後で一発逆転ホームラン的に真犯人を捕らえてクビは免れる、というのが定石だと思うのですが、本書のライアンは事件解決の立役者であるにも関わらず警察をクビになって終わります。そして続刊は、ライアンが警備員になっているというところからスタートします。まさか今後は刑事のレイモンドと警備員のライアンのコンビでやっていくわけではありませんよね。ライアンの警官への復活劇はどうなるのでしょうか。これは二巻を股にかけた壮大な伏線であってほしい。やはり本書の読みどころは、学のない、トレーラー暮らしの下層民と馬鹿にされている若手刑事が、ふんぞり返った上級国民相手に忖度なしの捜査をする、そこに尽きると思います。二巻目ではライアンの巻き返しがぜひ見たい!

シリーズ二巻目も発売中です。

三巻目は2024年1月に刊行予定!