び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第36回ミック・ヘロン『窓際のスパイ』シリーズその後②

前回に引き続き『窓際のスパイ』シリーズをお送りします。今回は第五作『London Rules』。

【あらすじ】

 ダービシャー州の小さな町アボッツフィールドがテロ集団に襲われ、町民十四人が銃殺されるという事件が発生し、イスラム国が犯行声明を出した。折りしもイギリスはEU離脱に沸いていて、離脱の旗振り役となった政治家のデニス・ギンボールの人気はうなぎ登りになっている。調子に乗ったギンボールはテロを防げなかった保安局の局長クロードや首相を非難する。首相はイスラム・コミュニティ出身のザファー・ジャフレイがウエスト・ミッドランドの市長選に立候補することを支持したばかりだったので窮地に立たされる。それでクロードに、事件を解明してザファーとテロに関連はないことを証明しろと迫る。

〈泥沼の家〉でもちょっとした事件が起きていた。テロ事件の直後に、”遅い馬”の一人であるローデリック・ホーが車に轢かれそうになったのだ。たまたま彼を助けたのは通りがかった同僚のシャーリーだった。陰謀の匂いを感じ取ったシャーリーは仲間のルイーザとリヴァーと協力してホーを影ながら警護することにする。案の定ホーは深夜家に忍びこんできた刺客に襲われそうになるが、勝手にホーの家にこっそり泊まりこんでいたラムが刺客を窓の外に投げとばして撃退する。そこへ車がやってきて、投げだされた男を拾って走り去る。シャーリーが追いかけると銃弾が飛んできた。道路に落ちた銃弾はアボッツフィールドのテロ事件に使われた弾と一致したため、ホーは重要参考人として保安局に連れていかれて尋問を受ける。

 残りの遅い馬たちはテロ事件を独自に捜査する。リヴァーはネットから、ウォータリングホールという名前の池にパイプ爆弾が投げ込まれた動画を発見し、テロとの関係を疑う。遅い馬の一人のコーは、ウォータリングホールという名前に聞き覚えがあった。それは、五十年近く前に作成された保安局の機密文書の名前だった。その古い文書には政治家の暗殺について書かれている。遅い馬たちはターゲットとなる政治家を推測し、暗殺を未然に防ごうとするが……。

抱腹絶倒! これがシリーズの真骨頂

 ヘロンさんのシリーズ物はゾーイ・ベーム・シリーズでも感じたのですが、暗い話の次の巻はコメディ路線だったりと巻ごとに大きく雰囲気が変わるのが特徴です。本書の前作『Spook Street』はかなりシリアスなアクションに針が振れていましたが、今回はその反動もあってかぐっと明るくなっています。なんといっても〈泥沼の家〉の嫌われ者、コンピューターおたくのローデリック・ホーが車で轢かれそうになり、犬猿の仲のシャーリーに助けられるというジョークのような展開で幕を開けるのですから。(ただそれをいうと、次作の『Joe Country』がまたどよんと暗くなるのですが)

 しかも信じられないことに、ホーにはキムという美人の彼女ができます。そのことは前作でも匂わせていましたが、ホーのことですからどうせエア彼女、と思っていたところ、なんと本当に実在していました。(笑)そんなホーを皆いやいやながら警護するのですが、ホーがクラブでキムと過ごした後二人でタクシーで帰るところを見たリヴァーは、”あんな美女をお持ち帰りしやがって”と地団駄。しかし結局ホーは一人で帰宅し、キムはそのままタクシーで去っていきます。そしてホーが寝込みを襲われるところでいきなりラムが登場し、笑った笑った! それにしてもラムがこっそりホーの家に泊まりこんでいたとは!

時世を反映したアイロニー

 笑いどころはまだまだあるのですが、最大の抱腹絶倒エピソードをご紹介できないのが残念。(ネタバレになってしまいますので)本書は読みすすめていくと、刊行当時(2017,18年頃)の時世を反映しているのがわかります。政治家のデニス・ギンボールはどう見てもボリス・ジョンソンだし、ザファー・ジャフレイはサディク・カーン(2016年にロンドン市長選で勝利して市長に就任)でしょう。そこへ某国の将軍様が絡んだり。当時の周辺事情を鑑みながら読むとヘロンさんの皮肉がよくわかります。

ラム危うし?!

 そしてラストのラム劇場。保安局ナンバー・ツーのタヴァナーとの取り引きでまたしても部下を救うラム。苦々しく思いながらも条件を呑むしかないタヴァナー。しかし別れ際にラムの体調に異変が。長年の喫煙、飲酒、ジャンクフード、運動不足がたたったのでしょうか。タヴァナーは救急車も呼ばずに置き去りにします。ラム、どうなっちゃうの?! というところでジ・エンド。(まあ、シリーズが続いているところを見ると大丈夫だったのでしょうが)

最後に小話

この『London Rules』、最初にページを開くと献辞には”サラ・ヒラリーに捧ぐ”とあります。サラ・ヒラリーさんといえば本ブログの第20回で紹介したマーニー・ローマ警部補シリーズの作者でもある実力派作家です。また、あとがきでは、ルイーザとシャーリーがクラブで俳優トム・ヒドルストンのお尻についておしゃべりするシーンは作家のヘレン・ギルトロウとステフ・ブロードリブの会話を参考にさせてもらった、と書いてあります。ヘレン・ギルトロウは『The Distance』(邦題『謀略監獄』田村義進・訳)で鮮烈なデビューを飾った新人作家、ステフ・ブロードリブは本ブログの第32回でもご紹介した人気作家です。なんだかイギリスのミステリー作家コミュニティーの和気藹々とした雰囲気が伝わってくるようですよね。ちなみにトムヒこと俳優のトム・ヒドルストンジョン・ル・カレの同名小説『ナイト・マネージャー』のテレビ版で主役を務めた人気俳優です。私も観たことがありますが、ドクター・ハウスの人(ヒュー・ローリー)のイメージのほうが強烈だった記憶があります。

やはりあらためて読むとさらにシリーズの続きが読みたくなってしまいますよね。ご紹介はここまでですが、その後の続編は

『Joe Country』(2019)

『Slow House』(2021)

『Bad Actors』(2022)

となっています。