び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第65回 ウイリアム・ハッセイ

 今年最後を締めくくるのは第20回で紹介したサラ・ヒラリーさんも大絶賛している、ゲイの元刑事が主人公のゴシックホラーです。

【あらすじ】
 旅芸人一座出身のスコット・ジェリコは三十一歳の元刑事。十九歳のときに父親が座長を務める一座を飛び出して警察に入ったが、ある事件――極右グループのリーダーのケリガンが、ポーランドからの移民の子供三人を生きながら焼いたという凄惨な事件――で容疑者のケリガンを尋問中、怒りが抑えきれず暴力を働いたために暴行罪で逮捕されて服役していた。出所後は行き場所がなくてまた一座のキャンプに戻り、彼らとともにトレーラーハウス生活をしている。

 そんな折り、歴史学の教授だというキャンベルから三件の殺人事件の調査を依頼される。ひとつ目は、男が首を切られ、代わりにイヌの首が載せられていた事件。ふたつ目は、女性がブリキの浴槽で感電死していた事件。みっつ目は肥満体の女性が絞殺されたあとに自分の肉を口に押し込まれていた事件だった。キャンベルは、この三件には関連性があると主張し、その根拠に、”旅芸人の橋”の伝説を持ち出した。それは百五十年前、ジェリコ一座の芸人五人が老朽化した橋を渡っている最中に橋が崩壊して命を失ったという痛ましい事故のことである。亡くなった五人はフリークショーのメンバーで、そのうちの三人は、イヌのような顔が売り物のドッグフェイス・ボーイと、指先から火花を散らす芸が売り物のエレクトリック・レディと、肥満の巨体が売り物のファット・ウーマンだった。あとのふたりは軟体芸が売り物のオールド・ジェリコと異常に大きい頭が売り物のバルーン・ヘッド。つまりあとふたり殺される可能性があることをキャンベルは危惧していた。
 スコットは刑事時代の上司のギャリス警部の協力を得ながら事件の調査を始めるものの、探れば探るほど偶然というだけでは説明のつかない出来事が起こることに疑問を抱く。時期を同じくして町では、百五十年前の旅芸人の痛ましい事故を偲ぼうという企画のもと、ジェリコ一座の移動遊園地のフェスが開催されようとしている。果たしてこの一連の出来事を背後で操っているのは誰なのか? そしてなんのために?

目くらまし要素が多彩

 とにかく色々と出てきます。地元の図書館の閉館決定に対する抗議運動、モスク建設反対運動、”旅芸人の橋”にまつわる陰謀説、当時の町長を含めた町人五人の寄付によって橋が再建されたこと、町長がその橋のそばに家を建てたこと、その家に、のちに町長の遠い親戚の母子が移り住んだこと、殺人事件を目撃したという老女が、犯人の背中には白い羽根が生えていた、そいつは顔なしだったと証言したこと、等々……。まあ、老女の証言は謎めいているにしても、町長がその橋のそばに家を建てたとか、その家に町長の遠い親戚の母子が移り住んだとか、別に問題なくない? と思ってしまうのですが強引にそれらも謎ということにされていて、謎が乱立するゆえにミステリーの濃度がかえって薄まってしまっている気がしなくもありません。
 そのせいか、本来この手の小説の醍醐味であるはずの、主人公が手がかりを得ながら徐々に核心に迫っていくというゾクゾク感がいまひとつ弱いのです。伏線回収にしても、”あれがそこに繋がるのか、こりゃ一本取られた”と思わず膝を打ってしまうようなところがなかったのが残念。主人公の心理描写の繰りかえしが多すぎたのも、丁寧を通り越して少々くどさが。全体的にもっと焦点を絞ったほうがよかったかなという印象です。

メインはフーダニットよりホワイダニット

 ぶっちゃけちゃいますと犯人はスコットの警官時代のよき上司だったギャリス警部で、当然読者の関心はなぜ彼が? という方向に傾くわけですが、その理由というのが、元々サイコパスだったというのと、刑務所から出所後生きる気力をなくしていたスコットに再び人生の目的を与えるために事件を引きおこしたというものでした。ただ快楽殺人者ではないので、三人を殺すときは苦しませなかったと言っています。う~ん……ミステリー界に、また新たなるヴィラン誕生ということでしょうか。

ややハンニバル・レクター博士風味あり?

 若く、才能のある元刑事を救いたい――その気持ちと歪んだ方法は、拡大解釈をすれば若手捜査官を彼なりの方法でサポートしようとするあのハンニバル・レクター博士に通じるものがなくもありません。しかし、この路線でいくなら少なくとも殺された三人にも殺されても仕方ないという、悪人の側面があってほしかった。そうすることで一応殺しの大義名分も立つし、必要悪というギャリスの立ち位置も明確になったのではと思います。

 実際ラストでギャリスは、子供三人を生きながら焼き殺しながら無罪放免になっているケリガンを捕らえて生死をスコットに委ねます。自分の怒りを抑えられなかったせいでケリガンを無罪にしてしまったことにずっと罪の意識を抱えてきたスコットは、躊躇なくケリガンの死を選びます。つまりここで、ギャリスからの贈り物を受け取ってしまったということなのですね。ギャリスの方法論に異議を唱え、裁きは司法にまかせるべきなどというきれいごとの発想はスコットにはなかったわけです。(こうなると、このふたりの行き着く先は映画『セブン』のようになるのかなあと想像してしまいますね)

 ということで、おそらく今後も元刑事のスコットをこのギャリスがサイコパス的方法論で後方支援していくのではないでしょうか。
 シリーズ続刊の『Jericho's Dead』は、占い師や霊媒師が次々と殺されていくという事件が起き、旅芸人のバックグラウンドを持つスコットが調査に乗り出すというストーリーのようです。
2024年2月刊行予定

Jericho's Dead

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