び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第41回 J.K.フリン

 お待たせいたしました。今回はやさぐれ女刑事が主人公の作品をお送りします。このはみだし刑事的なキャラって男はいっぱいいるのになぜか女はいませんよね。女がいたってちっともおかしくはありません。というわけで、さっそくご紹介いたしましょう。

【あらすじ】
 エスター・ペンマン部長刑事、三十一歳はその日も目をあけたら見知らぬ部屋のベッドの中にいた。しかしいつもとちがうのは、隣で寝ているのは男ではなく女だったことだ。昨夜、パブをはしごしたあとの記憶がほとんどない。同僚の先輩のジャレッド警部補から何度も着信が入っている。郊外の邸宅で強盗殺人事件が発生。エスターは二日酔いでふらふらしながら現場にかけつけた。

 被害者は屋敷に住む主婦レイチェル・ゴーマン。強盗犯に殺されたと見られていた。夫のチャールズは運送会社に勤務している。エスターは現場を人目見て強盗は装っただけだと気づいた。エスターの素行の悪さは以前から問題になっていたが、頭が切れることに関しては定評がある。しかしそれが上司のウォレン警部に気に入られていない原因でもあった。

 その後、強盗犯と思われる男が森で首つり自殺をする。遺書には、自分がレイチェル・ゴーマンを殺したと書いてあった。これで幕引きだ、とウォレン警部は事件捜査の終了を宣言。彼は早期解決で手柄を立てて昇格をもくろんでいた。しかしエスターは、男が自殺ではない証拠を集め、強盗事件の洗い直しを要求してウォレン警部の怒りを買う。

 エスターは治安の悪い署に飛ばされ、そこで制服を着て夜勤のパトロールをやらされるはめに。くさったエスターはバーで泥酔して男を引っかけるが、彼の部屋でことにおよぶ途中で盛大に吐きちらし、醜態をさらして逃げるようにその部屋を出る。自己嫌悪にさいなまれつつも自分の推理は間違っていないと思い、夜勤の合間に独自に捜査を続けると、やがてチャールズの運送会社と、とあるアートギャラリーが繋がっていることを突きとめるが……。元警察官として犯罪の最前線にいた経験を持つ著者が放つエスター刑事シリーズ第一弾!

すべてが平均以上 デビュー作とは思えないソツのなさ

 著者のJK・フリンさんは実際に警察官としての経験を十年積んだ御方。本書は彼女のデビュー作ということですが、この手の著者の作品にありがちな、経験を活かしたリアリティーはあるものの話作りはやや稚拙、といったことは一切なし。どこで小説の書き方を学んだのかについては記載がないのでわかりませんが、これがデビュー作だとしたら相当しっかりした方に指南を受けたのではないでしょうか。無駄のないプロット構成、好感度の高いキャラクター造形、それらを活かすテンポのよさ、クライマックスを二段階にしてアクションシーンを盛り上げるダブルタップ的展開、と非常にソツのない仕上がりになっています。逆に、実際に警察官だった者でなければ描けないリアリティーや新鮮さといったものはあまり感じられませんでした。むしろこなれたテクニックを持つ作家といった感じです。

テンポのいい話運び

 とにかくさくさくと話が進みます。主人公のエスターは頭が切れるという設定なので、見せかけの強盗や自殺を見抜くところなどに余計なページは割きません。もうお約束でしょ? と言わんばかり。読者としては、そう、そういうのでいいんだよ、と膝を打ちたくなります。わかりきっている展開には最低限の説明でオケ。そうして事件の裏側に存在するコカインの密売組織が早々に明らかになります。と、いい感じで来たところへ降って湧いたようにエスターと母親の親子問題が浮上します。

サブプロットは早回しで

 叔母からの電話で、十五年間疎遠だった母親のハンナが末期ガンで余命半年だといきなり告げられるエスター。正直言ってここでがっかりきました。そういう余計なことは入れずに事件だけに集中する展開にしてほしかった。母娘問題の描写によってメインプロットがスカスカになっていくのではないかと不安になったのですが、それは杞憂に終わります。

 酒に溺れ、男をとっかえひっかえして娘を顧みない人生を送っていた母と衝突したエスターは十五年前に家出をします。しかし母はその後改心し、リハビリ施設や断酒会に通って過去の罪を懺悔しながら娘を思う日々を送っていたのでした。母と再会したエスターは戸惑いつつも母を許し、さらに自分自身の飲酒癖や男関係を見直すことを決意。酒を全部シンクに捨てます。この辺のエピソードは通常の小説であればたっぷりと尺をとって描かれるところでしょうが、本書では実にコンパクトに手際よく語られます。この思い切りのいい早回しが爽快!

 そしてクライマックスでは、エスターにコカインの密売ルートを潰された組織の連中が逆恨みをしてハンナを病院から誘拐します。なるほど、エスターの精神的成長だけではなく、このクライマックスにつなげるために母親を登場させたのかと納得。

ページ数少なめで満足度高め

 全275ページなのですが、倍速展開のおかげででとても密度が高く感じられました。決して何かが飛び抜けて印象深いとか、そういったインパクトはないのですが、ストーリーもキャラクターも手堅くまとまった読み応えのある作品だと思います。続編『Vengeance』は2023年秋に刊行予定だそうです。いよいよエスターが組織から反撃を受けそうな展開ですが、やさぐれじゃなくなった彼女はどんな活躍を見せてくれるのでしょうか。