び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第63回 スティーブン・J・ゴールズ その3

 今回も引き続きスティーブン・J・ゴールズさんの作品をご紹介します。ゴールズさんは現在日本を舞台にしたミステリーを執筆中とのこと。これまでご紹介したのは詩集と恋愛小説でしたが、彼のデビュー作はノワール物です。ということで、それを読めば彼のミステリー作家としてのスタイルがわかるのではないかと思い、読んでみることにしました。

【あらすじ】
 1949年、LAの小さなギャング団に所属していたユダヤ人のルディは、ある日大金が入った大物マフィアのブリーフケースを奪って家族と共にNYのヘルズキッチンに逃げてきた。ヘルズキッチンは元々ルディと妻のマギーが育った所で、そこを仕切っているユダヤ系ギャングのボスのマイキーは昔ルディの両親によくしてもらったという恩もあり、ルディ一家をかくまってくれた。しかしルディが長女の誕生日をレストランで祝っているときに、LAから追ってきた連中に襲われて長女を射殺される。マイキーはこれ以上ルディを守ってやれないと悟り、一家を南ボストンに逃がす。

 南ボストンにはマイキーの旧友でアイルランド系のギャングのボス、トミーがいた。トミーはルディを新しいメンバーとして快く受け入れるが、トミーのパートナーのブロンディーは不満を露わにする。そんな中、彼らはある警備会社に強盗に入って二百万ドルという大金を奪うことに成功する。しかし、金を分けようという段階になってブロンディーが独り占めしようとしてトミーに向かって銃を撃ち、トミーは死に際に手榴弾を投げつける。爆発で全員が死に、ひとり生き残ったルディは重傷を負いながらも血の海と化した現場から金をかき集めて家族と共にハワイへ逃げる。

 そこでようやく一家は真の安息を手に入れた。そして時は経ち、1967年、ルディは五十八歳になっていた。子供たちは独立し、妻は二年前に他界している。昔負った古傷の痛みに耐えながら、妻が遺したアンティークショップで店番をする日々を過ごしているとき、毎日同じ時刻にやってくる若い日本人の娼婦、ヒナコとカタコトで会話するようになる。そんなある日、店にアジア人のヤクザが押しかけてきて、ヒナコの髪を引っぱって強引に店から連れ出して行った。ひどい扱いをされているのを見かねたルディは警察署に駆け込んで事情を説明するが、サディストの担当警官に半殺しの目に遭わされる。警察にもヤクザの息がかかっていたのだ。

 ルディは痛む身体に鞭打ちながら、ボストンの強盗で手に入れた金がまだ入っているブリーフケースを持ち、拳銃と手榴弾をポケットに入れて売春宿に行く。すると、ちょうどヒナコが例のサディストの警官に酷たらしいことをされている最中だった。ルディの拳銃が火を噴き、警官の脳が飛び散る。ヒナコにブリーフケースを渡して売春宿から逃がすと、ヤクザたちに取り囲まれる。生きてここから出ていけると思うなよ、と息巻くヤクザたち。ルディはふらふらになりながらも、片手でピンをはずした手榴弾を握り、”おれはここに死ににきたんだ”と言い返してにやりと笑う。そしてもう片方の手に持った拳銃の引き金に指をかけた――

インスピレーションは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』?

 本書のストーリーは1949年から1967年の間を行き来する構成となっています。冒頭の出来事の舞台はニューヨーク、出てくる人物はユダヤ系のギャング、とくれば映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』を思い出すかたも多いのではないでしょうか。こちらは1920年代、30年代、60年代という三つの時間軸が交錯しながらストーリーが展開し、宝石店強盗や連邦準備銀行の襲撃計画といった出来事が挟まれていることからも、本書がこの映画からインスピレーションを受けたであろうことは想像に難くありません。しかし内容、テーマはまったくの別物となっています。

実際にあった強盗事件 

 作中には主人公のルディがアイルランド系のギャングたちとブリンク・ビルという警備会社を襲撃して大金を奪うシーンがありますが、そのビルは実在し、実際に1950年に武装強盗に襲撃されています。アメリカ史上最大の強盗事件として歴史に刻まれたその事件では八人が終身刑を言い渡され、ふたりが有罪判決を受ける前に死亡しています。盗まれた二百七十万ドル(現在の価値で三千三百八十万ドル)以上のうち、回収されたのは6万ドル未満だとか。この強盗事件はマスコミで大きく報道され、四回映画化されました。

クライマックスは圧巻!

 ストーリーは、ルディたちが警備会社を襲撃したあとの仲間割れから俄然緊張感を帯びていき、ページをめくる手がとまらなくなります。そしてラスト、ほんのカタコトの会話をかわしただけの娼婦を救うためにルディが老体に鞭打ってヤクザの本拠にカチコミに行くシーンは圧巻! 何度読みかえしても心が震えます。
 それだけに序盤から中盤にかけての冗長さが悔やまれるところ。時間軸の交差、多視点による進行も効果的かと言われれば疑問符がつきます。むしろ老兵ルディと娼婦ヒナコの、孤独な魂の惹かれ合いに焦点を絞ってシンプルに構成したほうがクライマックスがより際立ったのではと思います。途中の、ヤクザのユウタロウ視点の話やヒナコがハワイにやって来た経緯ははっきり言って必要性を感じません。ヒナコの傷だらけの身体や悲しげな表情で、辛い過去を背負っていることは充分に伝わってきます。

気になった点

 何よりもいちばん、はて?と思ったのは、すべての元凶である、ルディがLAの大物ギャングから金を奪ったというエピソードが描かれておらず、のちの会話でわずかにそのことに触れられているだけという点です。どういう状況で何が起きてルディはどうやって金を奪って逃走したのかが描かれていないので、金を手にいれたのは彼がギャングとして腕っぷしが強かったからなのか、偶然の成せるわざだったのかもわかりません。描かれるのは、ルディがいかに家族思いの父親か、いかに仲間を信頼する侠気のある男か、といったことばかり。ラストのシーンではヤクザたちに、ジジイだと思ってなめてた、と言わしめるほどの狂気を放ちながら銃をぶっ放すわけですから、そこに繋げるためにも彼の秘めたる暴力性みたいなものを途中で覗かせておいたほうが説得力が出たことでしょう。
 そのあたりをもう少し整理すれば、老兵の復讐、傷ついた娼婦との魂の交流、といったよくあるテーマもゴールズさん独自のアプローチで、まさに”古い革袋に新しい葡萄酒を入れた”作品として、ハリウッドで映画化されてもおかしくないレベルに仕上がったと思います。
 さて、ゴールズさんの新作では日本を舞台にどんなストーリーが繰り広げられるのでしょうか。上梓が楽しみです