び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第64回 リズ・ニュージェント

 2023年も終盤にさしかかってまいりましたが、今回は様々な書評サイトで2023年のベストブックに選出されている話題作『Strange Sally Diamond』をお送りします。

【あらすじ】
 二〇一七年。サリー・ダイヤモンドは四十二歳。七歳のときにダイヤモンド夫妻に引きとられ、現在に至る。七歳より前の記憶はなぜかまったくない。養母のジーンはサリーが十八歳のときに病死し、以来サリーは養父のトムと町はずれの家でひっそりと暮らしていた。サリーには自閉症にも似た発達障害があり、人との関わりが苦手だった。外に出るのはスーパーへの買い出しと、養父の年金と自分の障害手当を受け取るために郵便局に行くときだけで、世間は彼女を変わり者と呼んでいた。


 トムは末期の癌を患っていて、よく「死んだらゴミと一緒に燃やしてくれ」と言っていた。ある朝、彼は死んでいた。サリーは言われた通りにトムの死体を裏庭の家庭用焼却炉に入れた。この地域ではゴミをそうやって処分している。そのあといつものように郵便局へ行って障害手当を受け取って帰ろうとすると、局員に、年金を忘れていると言われたので、父はもう死んでいるから必要ないと答えた。さらに、遺体は言いつけ通りに焼却炉に入れたと言って周囲を唖然とさせた。


 この事件は国内外に大きく報道され、サリーの過去についても掘り起こされた。サリーの実の父親は少女を拉致監禁していた小児性愛者で、実の母親は拉致された少女だったというのだ。サリーは五歳の時に母親とともに監禁現場から救出されてPTSDの治療を受けたが、母親のほうは診療中に自殺した。残されたサリーを引き取ったのが、当時親子の担当医だったトムだった。養父が死に、自分の悲惨な過去を知り、それまでの引きこもった生活から踏みださずをえなくなったサリーだったが、その独特な感性で事実と向き合っていく。そんな折、差出人不明の古いテディベアが送られてきた。サリーはそのぬいぐるみの名前がトビーであることだけは覚えていた。これを送ってきたのは実父なのか? いまだに捕まっていない実父のことが頭をよぎり、胸にふつふつと怒りが湧く。

 しかし彼女は知らなかった。実の母は拉致された一年後に男の子を産んでいたことを。ピーターと名づけられたその子は父親とともに逃亡生活を送っていた。数奇な運命にもてあそばれた兄妹に邂逅の日はくるのか。サリーは心の傷を乗り越えて社会に適応していくことができるのか?

この種のテーマの鉄板の笑い

 まず本書の『Strange Sally Diamond』ですが、思わず目を惹かれてしまいます。”ダイヤモンド”とは何ぞや、と。ただの名字で内容とは関係ありませんでしたが、こういうインパクトのある名字を持ってきたことがもう勝利でしょう。ストーリーの前半は自閉症に似た症状を持つサリーが、死んだらゴミと一緒に出してくれという養父の冗談を真に受けて遺体を焼却炉に押しこんだり、近所の集まりの席で恋人は? と訊かれると、自分は生物学的見地から言って異性愛者だがセックスをしたいとはあまり思わない、と答えて周りをドン引きさせたりと、この手のキャラのあるあるで読者を笑わせます。

天然の人気者キャラ

 そんなサリーの変人ぶりを周囲の人々はやがてひとつの個性とみなし、受け入れていきます。彼女の出生にまつわる事件に同情しているからだけではなく、思ったことを忖度なしで口に出すストレートさに惹かれて集まっていくのです。そしてついあれこれと世話を焼きたくなってしまう。サリーにはそうさせる魅力があることがよく伝わってきます。ですが、周囲を取り巻く面々はただ単に温かい人々として薄っぺらに描かれてはいません。ときにサリーの頑固さと衝突し、彼女から距離を置こうとする者もいます。しかしそれも、同じ人間として同位の目線に立っているからこそであり、けっして“健常者からの憐れみの目線”ではないのも読んでいて気持ちがいい。他者とかかわることの大切さ、難しさは誰もが感じることであり、そういった意味で本書は、独特なアプローチながら人間の普遍的なテーマを扱った作品ともいえるでしょう。

大人になってからの人生の選択は自己責任

 一方でサリーの兄のピーターは、少女拉致監禁犯でミソジニーである父親に男の子だからと溺愛され、同時に支配もされ続け、複雑な想いを父親に抱きながら成長していきます。しかし二十歳近くになってその呪縛から解き放たれたあとの選択がサリーとは対照的に描かれています。こちらのパートはスリラーらしくサスペンスフルな流れで展開していきますが、その根底に存在する”人間の業の深さ”には空恐ろしさを感じてしまいます。

大団円ではないエンディング

 ラストはけっして万々歳のハッピーエンドではないものの、未来から差し込む細い光が見えるようなエンディングとなって、読後感は悪くありません。カタルシスを得られるような勧善懲悪ものではありませんが、ご都合主義的な匂いがないのが逆に好感が持てます。各書評サイトに称賛されているのも納得の一冊です。来年の賞レースにも絡んでくるのではないでしょうか!