び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第60回 キャサリン・チッジー

 今回は2023年7月に刊行された、ニュージーランド発のサイコサスペンス『Pet』をご紹介します。

【あらすじ】
 1984年。十二歳の少女ジャスティンは古物商を営む父親とふたり暮らし。数ヶ月前に母親ががんで他界して以来、家事全般を請け負う毎日を送っている。そんなとき、通っている学校に若き新任教師が赴任してきた。ミス・プライス。ブロンドの髪をなびかせ、映画でしか見たことのないような白いスポーツカーでやってきた美しき女教師に町全体がとりこになる。
 ジャスティンのクラスの担任となったミス・プライスは、ペット【お気に入りの生徒】を選んで彼らに黒板消しや教材の片付けといった用事を頼んでいた。選ばれるのはスクールカーストのトップにいる美人の子やハンサムな子ばかり。ジャスティンと親友のエイミーは、自分たちとは無縁の世界にいる彼らを羨みつつも、ふたりで楽しく学校生活を送っていた。しかしある日、ジャスティンがミス・プライスに用事を頼まれるようになってからふたりの関係はぎくしゃくし始める。エイミーの、嫉妬からくる冷たい言葉に傷ついたジャスティンは次第に彼女から離れ、クラスのカースト上位の子たちに誘われるがままに彼らと行動を共にするようになる。
 折しもクラスでは盗難が発生し、みんなの持ち物が何かかしらなくなっていた。ジャスティンは、母の形見のペンをなくしていた。唯一被害を受けていないエイミーはクラスじゅうから犯人扱いされ、かつては親友だったはずのジャスティンまでも犯人はエイミーだと思うようになる……
 ニュージーランドの田舎町を舞台に、無垢なゆえの残酷さを持つ思春期前の子供たちと、人を操ることにかけては天才的な才能を持つ女教師が織りなす異色作。

サイコサスペンス? 一般小説?

 本書の紹介文にはサイコサスペンスとあり、書評サイトのレビューも悪くなかったので買ってみましたが、序盤こそクラスの授業で牛の目玉を解剖するというおどろおどろした雰囲気が醸しだされるものの、その後話は主人公ジャスティンの日常に移り、しばらくサスペンス的なことはなかなか起こりません。中国人移民である親友のエイミーやクラスメートとの関係、両親についての話、教会の神父による1973年にチリで起きた軍事クーデターの講話などが続くだけで、特に読者をハッとさせるエピソードもないので非常に冗長に感じられるのですが、それも本書をサイコサスペンスと期待して読んでいるからであって、最初から一般小説として読んでいたらこのような不満は感じなかったでしょう。
 確かに読了後に振り返れば、この長々としたパートにもクライマックスに繋がる伏線が含まれていたとわかるのですが、その伏線が遠まわりすぎて、ダイレクトにピン!ときにくいのです。このあたり、どうにもメリハリに欠けているように思えてなりません。終盤のほうにはもはや伏線でもない出来事が挟まれます。クラスメートのドミニクにはきょうだいがたくさんいます。いわゆる大家族の子で、両親は中絶反対を唱える敬虔なクリスチャン。この家族が婦人科クリニックの前で激しいデモを行い、そこにジャスティンも参加するというエピソードがあるのですが、これはどこにも繋がりません。女性問題は社会的テーマとして重要だというのはわかりますが、プロットに絡むようもうひと工夫ほしかったところです。読者としては何で? という唐突感が否めません。

主人公ジャスティンの人物像の曖昧さ

 本書において最大の残念なところは、主人公に共感できないという点でしょう。それは彼女がいやな人間だからではありません。むしろいやな人間としてストレートに書いてくれたほうがかえって共感を呼んだかもしれません。とにかくジャスティンの描き方が中途半端に感じられてしまうのです。例えばクラスのみんなの同調圧力に屈してエイミーを自殺に追いやってしまったことに良心の呵責を感じるシーンがあまりなかったり、それどころかむしろエイミーが盗難の犯人だと思って疑っていなかったり――つまり親友を信じていなかったのですね。しかしエイミー亡きあと今度は自分が犯人扱いされると、ようやくエイミーが死ぬ前に言っていた、”ミス・プライスが怪しい”という言葉を信じるようになります。そして親友の汚名をそそぐためにミス・プライスがエイミーの死に関わっている証拠を集めようとしますが、それもエイミーへの償いというより自己保身のためにも見えたり……。母親が死んでからまだ数ヶ月という段階でさみしい気持ちがありつつミス・プライスが父親と結婚するとなると虚栄心からクラスのみんなに自慢して喜びに浸ったりと、この年頃の女の子は不安定だから、といってしまえばそれまでですが、それにしても揺れすぎてどこに共感ポイントを持っていけばいいのかわかりませんでした。

ラストでいきなりスプラッター

 クライマックスでは、ミス・プライスが口封じのためにジャスティンを殺そうとします。必死で抵抗するジャスティン。しかし首を絞めるミス・プライスの力に抗えず……という状況でポケットからペンを取りだしてミス・プライスの片目にピンポイントでグサリ。でもってミス・プライスは即死。コワい、コワいよ十二歳。まあ、目を狙ったというのも序盤の牛の目の解剖のエピソードに繋げようとしたのでしょうが、遠すぎていまひとつまとまり感には寄与せず、血みどろのスプラッターシーンだけが印象に残ったクライマックスとなりました。

 最終的な感想としては、すべてが中途半端だったかなあと。ジャスティンのキャラクターも話作りも。もっとサスペンスに寄せるか、あるいは思春期を迎える女の子の成長物語として文学作品寄りにするか、どちらかにしてそのムードを極めたほうがよかったように思います。いずれにしても、サイコサスペンスというジャンルは私にとって鬼門だと再確認した作品でした。