び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第61回 ラッセル・W・ジョンソン

 今回はラッセル・W・ジョンソンさんの『The Moonshine Messiah』(2023年刊)をご紹介します。

【あらすじ】

 ウエストヴァージニア州ジャスパークリーク郡の保安官、メアリー・ベス・ケインは八年前に夫を亡くしたシングルマザー。夫も保安官で、彼が亡きあと保安官選挙に立候補し、町民の支持を受けて当選して現在に至っている。
 そんな彼女の元へワシントンDCから、高校時代の恋人でもあり今は連邦検事補のパトリックが訪ねてきた。彼は、法務省がメアリー・ベスを起訴しようとしていることを告げる。実はメアリー・ベスの母親マミーは麻薬密売組織の親玉で、以前からメアリー・ベスとの癒着が噂されていた。それに加えてメアリー・ベスの手荒いやり方――容疑者への暴力、人権侵害なども問題視されているという。しかし、彼女が弟のソイヤーを逮捕すればすべての罪を帳消しにしてやる、とパトリックは持ちかけた。
 メアリー・ベスの弟のソイヤーは民兵組織を立ち上げて閉山した炭鉱を本拠にし、政治批判の演説をラジオから流して支持者を増やすという反政府活動を行っている。FBIはこの動きを”第二のウェーコ”になるのではないかと警戒していたのだった。
 もし自分が有罪を宣告されて刑務所行きとなったら息子の成長は見られなくなってしまう。メアリー・ベスは心を決めて弟のソイヤーところへ行くが、時すでに遅く、弟たちは郡庁舎を襲撃。FBIはソイヤーの本拠地を包囲するが、ソイヤー側のスナイパーが放った一発がFBIチームのリーダーに当たって即死。先制攻撃の優勢に歓喜するソイヤーだったが、ドローンなどの最新機器を持つFBIはあっという間に民兵を制圧。危機を感じたソイヤーはメアリー・ベスを連れて炭鉱の中に入り、途中でメアリー・ベスを殴って気絶させて逃げていった。事情を知らないFBIやパトリックは、炭鉱から出てきたメアリー・ベスを、弟の逃亡を幇助したとみて逮捕する。窮地に陥るメアリー・ベス。しかも彼女はまだ知らなかった。欲深い母親マミーが別の形でこの件に一枚噛んでいることを……。

”第二のウェーコ”とは?

 作中に出てくるウェーコ。勿論皆さまご存じだとは思いますが、一応おさらいしておきましょう。1993年2月28日、テキサス州ウェーコ市から13マイル離れたマウント・カルメル・センターを本拠とするカルト教団〈ブランチ・ダビディアン〉がテキサス州法執行機関とFBIと軍によって包囲され、4月19日までに制圧されたという事件のことを指しています。最終的にFBIは催涙ガス攻撃を開始し、その直後にマウント・カルメル・センターは炎に飲み込まれ、子供25人、妊婦2人、教祖のデビッド・コレシュ当人を含むブランチ・ダビディアン信者76人が死亡する結果となりました。

 当時教祖のコレシュは『罪深きメシア(The Sinful Messiah)』とメディアに名づけられていましたが、本書の『Moonshine Messiah』もそれをもじっているのでしょう。ちなみにMoonshineとは密造酒という意味で、作中にも郡内で密造されているというイチゴ酒やブルーベリー酒が出てきます。

民兵(ミリシャ)の歴史

 本書には、主人公メアリー・ベスの弟のソイヤーが反テクノロジー――ドローンやロボットが人間の職を奪う――とかその他の陰謀論まがいのことを唱えて支持者を増やし、郡庁舎を襲撃しようと呼びかけると州内外から武装したバイク集団が集まってくるという描写がありますが、アメリカでは実際にそのようなことが起こっています。この、民間人によって独自に組織された民兵集団の存在は1990年代前半から顕著になってきて、現時点でその数は200~300グループに上るともいわれているようです。民兵とはいわば典型的な自衛団的軍事組織。自分たちは専制的な連邦政府に対する最後の防衛線であり、みずからを政府の弾圧に抗する自由の戦士とみなしています。
 また、憲法修正第2条には、「武器保有権」が規定され、「規律ある民兵団は自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し携帯する権利は侵してはならない」と書かれています。アメリカには、国家の支配を黙って受け入れない、己の自由を侵害するものには相手が誰であっても闘うという姿勢が今も根強く残っているのです。

 と、ざっとストーリーの背景を説明したところで、肝心の中味の感想にまいりましょう。

身内のドタバタ劇

 本書は、集結する武装イカーたちを見て不穏な空気を感じた保安官のメアリー・ベスがほぼ職権乱用とも取れるかたちでバイカーのひとりを捕らえて職務質問するシーンから始まります。なるほど、何やらまずいことが起こりそうな予感。そこへ、家庭内暴力の通報が。それはメアリー・ベスの叔父のジミーが娘を殴っているというもの。駆けつけるとジミーはライフルを持って玄関に仁王立ちしてメアリーらを寄せつけようとはしません。しかし叔父が酒好きなのを知っているメアリー・ベスは持ってきた密造酒で叔父を懐柔します。そのあとは連邦検事補のパトリックがやって来ますが、彼はメアリー・ベスの元恋人。さらに弟のソイヤーは陰謀論まがいの演説で民兵を扇動してFBIに目をつけられている人物で、母親のマミーは地元の犯罪組織の親玉。マミーの用心棒はメアリー・ベスの従弟……と、出てくる人物も起こる出来事もすべて身内絡み。ラストは弟のソイヤーをメアリー・ベスの息子のサムが射殺(正当防衛ですが)するというオチ。終始身内でドタバタしていたなという印象が強く、事件の謎とき風味は薄め。保安官が事件を解決するというミステリーを期待していたら、よくも悪くも裏切られるでしょう。

ストーリー展開にやや難あり

 少し気になったのは、複雑な話ではないのに頭にすっと入ってきにくい点です。それは、説明を会話に被せる場面が多いからかもしれません。伏線の回収も基本会話なのでやたらと長ゼリフになるし、誰々がああしたから誰々がこうした、と言われると、ええっと、それって誰だったっけ、となり、それが名前だけしか出てこないキャラクターだったりするとますますもって思いだすまでに時間がかかったり。この辺をもう少しすっきりさせて、ミステリー色をしっかり出してほしかったところです。ちょっと身内のことにページを割きすぎて、全体にミステリーとしての構成が甘かったかなと。

家族間のダイナミズム

 もっとも、それだけ身内にフォーカスされている話だけあって、家族間のダイナミズムはよく描かれています。絶対的な存在として娘と息子を支配してきた母親のマミー。彼女の愛情を得るために競わされてきたメアリー・ベスとソイヤーの姉弟。しかし最後の母娘対決でメアリー・ベスはついに母親の呪縛から逃れて前へ一歩踏み出すという、ひとまわり成長した姿が描かれています。その他のキャラクターの造形もよく、特にメアリー・ベスと幼なじみの保安官補イジーとのコンビはユーモアたっぷり。アメリカのドラマ、映画、音楽の固有名詞もポンポン飛び出してきて、そのあたりは楽しく読めました。

 南部を舞台にし、白人側の視点でこれほど南部らしさをにじみ出させた作品は類を見ないのではないでしょうか。アメリカの、他の州とはちがう南部独特のカルチャーを知るにはもってこいの一冊だと思います!