び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第62回 スティーヴン・J・ゴールズ その2

 第55回に引き続き、スティーヴン・J・ゴールズさんの作品をご紹介します。前回は詩集でしたが、本書はその世界観をそのまま小説にしたような、異色の恋愛作品となっています。

【あらすじ】
 ヴィンセントとアメリーは互いを肉体的、精神的に求めつつも、思い通りにならない相手を自分勝手だと罵ってはくっついたり離れたりを繰り返していた。しかし予定外のアメリーの妊娠、堕胎をきっかけにふたりの仲は修復できないところまで崩壊し、アメリーは崖から飛び降りて自殺する。彼女を失ったことに耐えきれずヴィンセントも自殺を図るが、一命を取りとめて精神医療施設に収容される。施設の中でヴィンセントは治療を受けることを拒否し、毎日ただひたすら過去に閉じこもっていた。過去を変えられればアメリーを救うことができると信じて。

 そんな中、同じ施設の収容者のベアトリスに好意を寄せられて彼女を受けいれてしまう。しかしヴィンセントの中でベアトリスの姿はアメリーと重なっていた。そのことに気がついたベアトリスはヴィンセントを責め、目を覚ませと叱咤する。しかし目を覚ましたくないヴィンセントは、その後ベアトリスから渡された謝罪の手紙を一切拒否して再び自分の殻に閉じこもる。それに責任を感じたベアトリスは命を絶つ。ヴィンセントはまた新たな罪を背負い、過去へ戻ろうとする。今度はベアトリスを救うために――。

オートフィクション(Auto fiction)?

 ストーリーは、主人公ヴィンセントの現在の施設での生活と過去の出来事が交差しながら進み、ヴィンセントとアメリーの間に何が起きたのかが次第に明らかにされていきます。ほんのりミステリー仕立てにもなっていて、ちょっとしたひねりもあり、ラストのほうでその真相も明かされます。ゴールズさんについて詳しいことは存じあげませんが、前作の詩集『Half-Empty Doorways and Other Injuries』と共通した世界観であるところを見るかぎり、ヴィンセントとアメリーの関係は作者の実体験が基になっているのは想像に難くありません。本書はおそらく自伝的側面を持つオートフィクション、すなわちリアリズム文学の変化系私小説、ともとれる作品なのではないでしょうか。

自己再生の旅(The quest for self-renewal)

 頑なに過去に閉じこもり、現実を見ようとしないヴィンセントの姿は一見後ろ向きのように見えますがその実、過去を変えてアメリーを救いたいという思いはそのまま過去の自分を見つめ直し、自分を変えたいという気持ちを反映しているようにも見えます。私の目には、自己の内省と再生の過程を描いた物語とも映りました。救いようのないエンディングの割にさほど殷々鬱々とした後味が残らない理由もその辺にあるのかもしれません。

よくも悪くもブレない男ヴィンセント(Vincent, kind of a  man of consistency)

 主人公のヴィンセントは、時を戻して恋人のアメリーを救いたいという一心で過去を辿り、ついにアメリーが命を絶つターニングポイントとなる大喧嘩のシーンに行きつきます。今度こそ悔いのないようにヴィンセントはどんな対応をするのだろうと思って読んでいくと、変わってねェ! 前と同じく安定の鬼畜ぶりでアメリーを罵り、部屋から追いだします。じゃあ過去を変えてアメリーを救おうというのは何だったの? という疑問は残りますが、ヴィンセントとはこういう人間、つまり変われない人間、ということなのですね……。

異色作であり、普遍性もあり 

 本書は確かにダークな雰囲気に包まれた異色作ではありますが、ここで描かれているのはよくあるカップルの話です。付き合ってはいたいけれど結婚はまだ考えられない男と、結婚して子供がほしい女。男は女をつなぎ止めておきたいがために、真剣に付き合っているとは言っているが、いざ女が妊娠すると、堕ろしてくれという。女はささいなことで不安を感じ、男の浮気を疑い、自傷行為をしては男に責任を感じさせてつなぎとめようとする。こういった話は現実にも腐るほどあるでしょう。

 ただヴィンセントが一方的に悪者にされ、自分でも自分を責めて自分を”クソ男”(piece of shit)呼ばわりするのはちょっと酷かなあと。何せアメリーという女はヴィンセントを欺して妊娠したり、彼の家に泊まっているときにシャワールームから自撮りのヌード写真を別の男に送ったり、浮気がばれるとレイプされたと言い訳したり、自傷行為をして同情を引こうとしたりと、ヴィンセントを振り回し放題。しかもこれら全部、ヴィンセントがそうさせたのだという理屈で彼を責め、ヴィンセントが反論すると「ひどい、なんて冷たい人なの」と被害者面。ヴィンセントが自責の念に堪えきれなくなって爆発すると、また他の男に走り、さみしかったから、つらかったから慰めがほしかった、そうさせたのはあなたよ、とヴィンセントを責めるという繰りかえし。しかし、ついにアメリーのほうがこの関係を終わらせて前へ進もうとすると、今度はヴィンセントが彼女にすがりついて別れを拒否するという、恋愛の共依存の典型的パターンの展開を迎えます。

 ここまでではないにせよ、これに近い恋愛の経験は多かれ少なかれ誰にでもあるのではないでしょうか。そう言った意味では底流に普遍性が潜んでいる作品と言えるかもしれません。全163ページとページ数も少なめなので、興味を持たれた方は是非読んでみてはいかがでしょうか。