び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第55回 スティーヴン・J・ゴールズ

 今回は、たまたまXを介して知った詩人/作家のスティーヴン・J・ゴールズさんの詩集をご紹介します。彼の新刊のカバーが個性的だったので興味を持ち、アマゾンでチェックしてみたらその独特な世界観に惹かれ、ポチッてみました。しかし待てど暮らせど来ない! なので、どうやらシリーズ物らしい、前巻にあたる本作『HALF-EMPTY Doorways and Other Injuries』を注文してみました。(こちらはすぐ来ました!)

 まず序文の冒頭にウィル・カーヴァーさんの一文が引用されています。ウィル・カーヴァーさんといえば本ブログでも第7回と8回でご紹介しています。自殺をテーマにした、なかなか興味深いミステリーを書いていたお方です。献辞にはチャールズ・ブコウスキーの名前も。そしてどこかの廃墟のような、がらんとした建物のドア口の写真。この写真に妙な懐かしさを感じながら詩を読み始めます。なぜか頭のなかでスマッシング・パンプキンズの曲が響き渡ります。この本には出会うべくして出会ったのかもしれないと思うほど、この世界観に共鳴するものを感じました。単に世代的に近いゆえの感覚なのか、なんなのかわかりませんが……。

 詩は全部で四十四編収められています。その中からいくつかピックアップしてみましょう。

For Y

 ごく短い間付き合っていた、元カノとすれ違う話。彼女は大型バイクに跨がって去って行った……。

 この詩集の入口を飾る作品としてはベストの選択だったのではないでしょうか。なんというか、村上春樹が描く短編の恋愛小説のような印象を受けました。ややいびつな、ある恋愛の断片。イラストもあり。ただ、全編にこのタッチのイラストが添えられているのですが、日本の漫画でいうところの小池一夫さん原作の劇画( 叶精作さんとか?)系でイメージがちょっと……。個人的には上条敦士さんあたりに描いていただけたらピッタリきたのになあ、と贅沢な妄想をしてみたり。

Jane Doe

 これは、何らかの特別な感情が込められた詩というよりミステリー小説の冒頭といった感じでこの女性はなぜ殺されたのか、一体何が起きたのか、興味がそそられます。

Often,I've noticed

 人生で最もつらいことが起こるとき、それは半開きの扉の前に立ったとき――意味深な文です。半開きの扉の向こうでは何が起こっているのか……。

Perpetual Motion

 お互いに利用しあう。We use each other up.この文は最初の『For Y』にもありました。(

We were just using each other) 恋に破れた者同士がいっときの癒やしを求めあう。互いに、長続きする関係ではないことを承知している、そんな状況でしょうか。その関係は互いの汚れた部分を漂白しあっているかのようで(like kitchen bleach to cover the stains of ourselves is always fun)互いの過去が、なかったかのように思える瞬間に救いを感じている。でもふと気がつくと、彼女のことを何も知らない。身体の関係はあっても個人的なことは何も知らない。彼女の心は前の恋ですっかり壊れていて、新たな男を受けいれる余裕はない。傷ついた者同士が互いに利用しあっているだけの関係。彼はそう自分に言いきかせながらも、彼女に恋をし始めている、そんなふうにも受け取れましたがどうでしょうか。

Beach Girl Blues

 ソープランドで働いている病んだソープ嬢の話。ソープランドSoap land)って日本特有の言葉だと思っていましたが、著者のスティーヴンさんは日本在住経験十七年ということなので、これは日本での出来事としてSoap landという言葉をそのまま使ったのかも知れませんね。

This is What It All Burned Down To

 三十八歳時点の著者のありのまま。日常のすべきことをし、愛する相手、そうでない相手、そのどちらかだと勘違いした相手と寝て、本を読み、本を書き、酔い潰れるまで酒を飲んで煙草を吸い、自分の首にかかった縄がじわじわと燃えて喉元に近づいてくるのを感じている、という詩。Your love with a bullet, it made me a fucking cripple,おそらくは自己破壊願望のある彼女の自殺騒ぎに振りまわされて消耗しきっているのだろうと思われます。I pull the trigger first now(中略)before they even realize I was never really there.もう殺るか殺られるかのところまで追い詰められているようです。

Antiseptic Cream

 この詩集の中でも高く評価されている一遍。アマゾンやgoodreadsのレビューでもこの詩を気に入っている方が多いようです。ある女性との、非常に波乱に富んだ関係を描いていますが、わたしが個人的に気になったのは比喩に用いられているNorth Korean missilesとかredioactiveといった言葉です。著者は十七年間日本で暮らしたということですが、ひょっとしてあの大震災を経験なさったのでしょうか。この詩に登場する女性(she)は、She almost killed me.とありますので、やはり『For Y』に出てきたthe one who almost killed meと同一人物でしょう。

Sadie,My Love

 この恋人とは、互いを噛みあったりする行為を楽しんでいたようです。しかし本当は著者はやめたいと思っている。でも、我慢してでも相手のしたいことをさせるのが愛だと自分に言い聞かせている。そんな気持ちを表しています。Sadieという名前もサディズムを連想させて、象徴的ですね。

I AM

 自虐の詩。よくもまあここまで自分の悪いところを集められたものだなと。STD- spreaderには笑った。意訳すると、性病ばらまき男?

Small Town Crimes

 女性が腕まくりをしたときに見えた自傷の痕。男は犯罪の目撃者になったような気持ちになる。事情を訊いてやらなければならないのだろうか。本心ではかかわりたくないと思っている自分に罪の意識を感じたりしている。

What We Talk About When We Talk About Anything

 お騒がせメンヘラ女の真骨頂の詩。幸せになると、それを壊したがる。まるで幸せになりたくないかのように。君は幸せになっていいんだよ、と言っても聞き入れない。不幸中毒者。この女性も作家なのでしょう。It doesn't help your writingとあります。こんなことをしても君の創作の助けにはならないよ、と。彼女は、そんなことはない、と反論する。でも結局創作活動のプラスにはなっていない。どうして愛するものすべてを壊そうとするのか。著者は理解できない、とあります。セラピーに行ったらどうなんだ、とも。妙に現実的なアドバイスですね。

Her Name was Jenny M

 八歳のときの著者と、姉の友達の十二歳の女の子とその妹との話。年上の女の子に対する淡い恋というより、性愛の目覚めと苦い終焉を描いた詩。なるほど、彼ののちの恋愛の経路はすべてここから始まったのですね。

For M+ N II

 父から娘への詩。著者は、自分が死んだあと娘たちが遺品を整理するときのことを考えています。

The Best Ones Are The Crazy Ones

 まさにタイトル通りのお話。いわゆるいいひと的な女性よりも自分を振りまわす奔放な女に惹かれてしまう。他の男と浮気をする、性依存症の女。父親の愛に飢えている女。自殺騒ぎを起こす女。そんな彼女たちを愛してしまうのは、彼自身自分のことが愛せないから、とあります。彼女たちと付き合うことで、不完全な自分を痛めつけている。それは、彼女たちの肉体を傷つけてはいないものの、精神【心】を傷つける行為だと自覚している、とわたしは解釈しましたがどうなのでしょうか。

An Epilogue

 最後を締めくくる詩です。著者は自傷グセのある女性が好きだけれど、それはどこか自分の内なる葛藤に彼女たちを利用しているだけだという自覚があり、ひょっとしたらそのことに罪の意識を感じてこのような詩を吐きだしているのかもしれません。

 

 いかがだったでしょうか。著者の生々しい自己の露出に圧倒されながらも深く引きこまれ、もっと他の作品も読んでみたくなりました。本作の続編的な作品だという新作は短編小説のようです。

早く届かないかな……。予定では到着一カ月以上先となっています。注文してからもう二カ月以上という……。