び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第40回 ロザリンド・ストップス

今回は、三人のお年寄りが織りなすとってもユニークなコージー・ミステリーをご紹介します。

【あらすじ】

 ピラティスのレッスンに通う仲間のメグ、グレース、ダフネは七十代。ある日レッスン終わりにカフェでお茶をしているところへ何者かに追われているニナという少女が逃げこんできた。身体にアザがある痛々しい姿を見た三人は、とっさに少女を守ろうと決心する。そこへ、ニナを追ってガマガエルのような醜悪な顔をした男がやってきた。三人の老女は男に何を訊かれても知らぬ存ぜぬて通して追い払うと、ニナと共に裏口からカフェを出てひとまずメグの家に落ち着く。

 ニナは孤児で、養護施設で暮らしながら大学進学を目指して勉強をしている十七歳の少女だったが、ある日同年代の少女シャズに友達になりたいと声をかけられてその子と付き合うようになった。しかしシャズはガマガエルのような男の手先だった。男は孤児の少女をターゲットにして人身売買をしている。ニナはシャズに騙されて売春宿に売られ、地獄のような日々を送っていたが、隙を見て逃げだした。そして寒空の下で追っ手に怯えながら途方に暮れているときカフェの窓越しに三人の老女を見かけて思わず中に入ったのだった。

 しかしガマガエルは執拗にニナを追いかけて、ついに老女たちから奪っていった。そして、警察に言ったらニナの命はないぞと脅してくる。再び売春を強いられるニナ。彼女を救うためにはガマガエルを殺すしかない……。その結論に達した三人は殺し屋を雇う。果たしてニナを無事に取りかえすことはできるのか。メグ、グレース、ダフネはなぜそこまでニナの安全にこだわるのか。老女たちのシュールなユーモアと悲哀が織りなす異色のコージー・ミステリー。

これぞ人生の滋味

 読みおわったあとじんわりとした余韻が残り、また最初から読みかえしたくなってしまう。そんな『A Beginner’s Guide To Murder』は年配女性たちの人生の滋味がにじみ出るハートウォーミングなコージーミステリーです。ストーリーは至ってシンプル。三人の老女がたまたま出会った少女を窮地から救ってやるというだけで、これといったひねりや意外な展開はありません。それでも実に奥行きのある物語に仕上がっているのは、メグ、グレース、ダフネという三人の七〇代女性の心理がこと細かく、丁寧に描かれているからでしょう。

どことなく日本的

 ここに登場する三人は決して欧米の小説やドラマによく出てくるような、パワフルではっちゃけたおばあちゃんたちではありません。例えばメグは、モラハラ気質でコントロールフリークな夫ヘンリーと結婚して以来人格を否定され続けてきたせいで、彼が死んだあともその感情を引きずって何事にも卑屈になってしいます。そんなある日助けを求めているニナという少女と出会い、同年代の友人二人と共に彼女を救おうとする過程で徐々に自己肯定感を得ていきます。その姿がやや抑えぎみのテンションで丁寧に描かれていくのが非常に日本的な印象を受けました。老女三人が互いを気遣いながら、適度な距離を保ちつつ控えめに絆を深めあっていくシーンは実に慎ましやかで、メグがモラハラ夫に愚妻扱いされる場面もどこか日本の昔ながらの夫婦像に共通するものがあるし、そこから脱けだせず、他人からの評価を過度に気にするメグの気持ちも日本人的にはあるあるといった感じで難なく理解できます。

この年齢ならではのシュールなユーモア

 いかにも年配女性といった感じの、ともすると脱線ぎみになる会話や緊迫した場面で妙に所帯じみたことを気にするところなどもシュールな笑いを誘います。例えばメグがガマガエルに捕らえられてロニーと同じ部屋に閉じこめられたとき、ロニーに携帯電話を貸してやるシーンでは、その電話を下着(パンツ)の中に隠していたので取り出すとティッシュでしっかりと拭いてから渡します。ダフネの知り合いの元受刑者デスがメグの家にやってきたときは、彼の靴下に穴があいているのが気になって新しい靴下をあげたり。この年齢ならではの視点というのがユーモアたっぷりに描かれています。

ラストはちょっぴり毒(?)も

 まあ毒というほどではないかもしれませんが、ぴりりとしたオチがあります。大体予測はつくので、やっぱりそうか、といった感じなのですが。この辺はまあお約束、と言ったところでしょうか。

 ちなみに本書は2022年度CWAゴールドダガー賞のロングリストに選出されています。
 爆発的な面白さとはまたちがう、じわじわくる面白さ。加えてストーリーの背後にはエイジズム、性搾取、人種差別といった問題もオーバーラップされていて、示唆と良識に富んだ秀作に仕上がっています。一風変わった、心温まる作品を読みたい方に是非お勧めの一冊です。