び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第67回 ディヴィッド・ジャクソン

 普段はどうしても新書が優先になってしまいがちなのですが、ようやくずっと気になっていた少し前の作品を読むことができました。こちらは二〇二一年刊行の作品です。

【あらすじ】
 ダニエルは八歳の少年の心を持つ二十三歳の青年。ときにその障害のせいでいじめられたり馬鹿にされたりもするけれど、持ち前の純真さと優しさで周りの人間を笑顔にしている。ある日、悪者に襲われるパパを助けようとした――だけだったのに……。その巨体と怪力ゆえに悪者を死なせてしまったからさあ大変。
 ダニエルの父親のスコットは息子を守るために事の隠蔽を図るが、死んだ男はギャング一家の息子だった。復讐に燃える一家の母子に真相を嗅ぎつけられ、スコットは絶体絶命の危機に陥っていく。そこへ、警察の捜査の手ものびてくる。はたしてスコットはダニエルを守りきることができるのか。状況に同情的な担当刑事が下す決断とは?

複数視点による展開

 本作『THE RULE』は主に三者の視点によって進行していきます。ひとり目は図らずも殺人をおかしてしまうダニエルの父親の、スコット、ふたり目は殺された男の双子の兄のロナン、そして三人目はこの殺人事件を担当する警部補のハンナです。この三者がそれぞれにバックグラウンドを抱えながら絡みあっていくわけですが、やや気になったのは、スコットがロナンに追いつめられていく様子がしっかりと描かれていてサスペンスを盛り上げているのに対し、ハンナのパートは理想論や感情論が先行している点です。

 ハンナは少し前に幼い娘を病気で亡くしているせいで、娘が好きだったアニメと同じアニメが好きな、心は八歳のダニエルに感情移入していきます。このあたりの描写がエモーショナルなのはいいのですが、刑事としては特に優秀な推理力を発揮するわけでもなく、ラストのほうで娘の幻が現われてダニエルを指さしたことでようやく犯人と気づくというのはちょっとぬるい気が。しかも真相を知ると、警官としてではなくひとりの母親としてこの親子を救いたい、と言って出した結論が、殺人犯はダニエルではなくスコットだということにして彼を逮捕するというもの。いや、そこは親子ともども見逃してやってあげてほしいところ。そうしても大半の読者は許してくれるだろうにと思うのですが……。

読みどころのポイントは?

 一番の読みどころは何と言っても〝心は八歳〟の二十三歳の巨体の青年ダニエルを巡る、シットコムのようなエピソードでしょう。スコットとダニエルの親子がエレベーターでギャングの男と乗りあわせ、その男が自分のリュックを落として中身が床に散らばったとき、スコットは落ちている白い粉が入ったビニール袋や、札束、拳銃を一生懸命見ないふりをしているのに対し、ダニエルは大声で「白い粉とお金と拳銃が落ちてる」と言うシーン。あるいはダニエルの両親のスコットとジェマが、悪者は死んでいないと息子に認識させるために(ダニエルは嘘がつけないので、自分が殺してしまったと気づくと周りに公言してしまうから)死体をソファに寝かせて毛布をかけ、彼は休んでいるだけだとダニエルに言い含めるのですが、ダニエルは気になって仕方ない。さあ、もう夕食を食べましょうと母親のジェマが顔を引きつらせながらダニエルを促したその瞬間、死体の腕がボトッとソファから落ちるシーンなど、思わず吹きだしてしまう箇所が満載。

 また、そういった笑えるシーンだけではなく、本作はクライムサスペンスとしても充分に堪能できます。死んだ男の双子の兄のロナンは母親に頭が上がらず、言われるがままにスコットを追いつめていき、スコットはただひたすらに息子を守るため身体を張ってボロボロなっていく過程は暴力と血に彩られたスリルの連続の描写となっています。しかしスコットは、身ぐるみはがされて無一文になっても目の前に差し出された汚い金には絶対に手を出さないという信義を貫き通す。そんな父親の姿に読者の心は揺さぶられること必至。(だからこそラストでは見逃してほしかった……)ファミリー・ノワールとしてもなかなかの読み応えがありました。

 なお、作者のディヴィッド・ジャクソンさんはニューヨーク市警のアイルランド系刑事カラム・ドイル・シリーズと部長刑事ネイサン・コーディ・シリーズを手がけていて、両シリーズとも現在第四巻まで発売中。その作風はハーラン・コーベンを彷彿とさせると高く評価されています。

 

 さて、次回はいま読みかけの本二冊のうちのどちらかをレビューする予定です。読み終えるまでしばしお時間をいただくので更新は一、二週間後になりそうです。