び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第37回 ルーシー・バーデット

 早いもので一月ももう半ばですね。皆様は2023年のよいスタートを迎えていますでしょうか。さて、今回は各書評サイトでちょっとした評判になっていた作品をご紹介します。

Unsafe Haven

Unsafe Haven

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【あらすじ】
 年の瀬も迫る頃、十六歳の少女アディはニューヨークの地下鉄の駅のトイレで産気づき、赤ん坊を産みおとしてしまう。しかしどうすればいいのかわからず途方に暮れ、電車から降りてきた裕福そうな若い女性に赤ん坊を押しつけて逃げた。

 ニューヨーク大学医学生のエリザベスは大晦日の夜に結婚式を挙げるはずだったが、その二日前に相手に別れを告げられて傷心しきっていた。そんなとき、見知らぬ少女にいきなり赤ん坊を押しつけられて困惑する。赤ん坊は汚れたコートに包まれていた。コートのポケットに入っていた紙切れに書かれた電話番号を見て、少女の身元がわかるかもしれないと思い電話してみると、出たのは赤ん坊の父親を自称する男で、少女の行方をエリザベスに執拗に訊いてきた。不審なものを感じたエリザベスは電話を切る。やがて赤ん坊は警察に引きとられていった。

 アディは恋人のレイフと連絡を取りたかったが、彼の電話番号が書かれた紙切れをコートのポケットに入れたままにしていることに気づいた。このままではレイフと連絡が取れない。落ちていた新聞を読んで赤ん坊を受け取ったのはニューヨーク大学医学生エリザベス・ブラウンと知り、紙切れを取りかえすため彼女に会いにニューヨーク大学医学生学生寮に向かう。

 途中追っ手がこないか不安だった。家出少女のアディはジョージアという女性に騙されて売春させられていたが逃げだしてきたのだ。ジョージアは売春組織の元締めで、妊娠した売春婦に赤ん坊を産ませて売るというビジネスもやっている。アディが身ごもった子供ももう売り手はついていた。ジョージアはなんとしても赤ん坊を手に入れようとするはずだ。

 レイフはジョージアの元で働いている男だが、ジョージアを裏切ってアディの赤ん坊を手に入れて一儲けしようとたくらんでいた。それというのもアディの赤ん坊の父親は売春の客である有名な議員だったからだ。レイフはアディを巧みに操って議員の携帯電話を盗ませていた。それを使って議員を脅そうとしていたのだが、ジョージアもその携帯電話を手に入れようとしている。赤ん坊と、議員の携帯電話を持っているアディを巡って繰り広げられる攻防戦はエリザベスや、キャロラインというアディが逃亡の途中で親しくなった少女をも巻きこんでいく。命を狙われる彼女たちの運命は?!

手堅くまとまった二時間ドラマ

 サスペンススリラーというふれ込みの割にはスリリング度が薄かった本作品。ただご都合主義や破綻はなく、スケール感は小さいものの、手堅くまとまった二時間ドラマといった印象でした。

 ストーリーはアディ、エリザベス、刑事のメイグスという主にこの三人の視点で描かれていきます。(後半にレイフ視点も少々入ってきますが)シングルマザーの母親と、母親の恋人に疎んじられて居場所をなくして家出をしたアディ。結婚式の二日前にドタキャンされて傷心を抱えるエリザベス。妻を亡くし、妻の連れ子のキャロラインとの関係がぎくしゃくしている刑事のメイグス。それぞれの心理が過不足なく描かれているのはいいのですが、その分サスペンスに焦点が定まらなかったのが残念なところ。アディやエリザベスに迫る危機というのも敵がいかに恐ろしいかを描かなければ伝わってきません。しかし本編のラスボスであるはずの、売春組織の女ボス、ジョージアがなかなか出てこない、出てこない……と思ったら。ラストの方でアディ、エリザベス、キャロラインが車のトランクに閉じ込められたところでトランク越しに銃声が聞こえ、どうやらジョージアとレイフが銃撃戦を繰り広げているらしいという情報が読者に与えられるだけ。なんとも拍子抜けなクライマックスでした。さらにもう一人のラスボスの議員に対してもきっちりと落とし前がつけられるのかと思いきや、エピローグでその後がちらっと触れられる程度。もっと議員の本性が暴かれたり、売春組織と乳児売買にも切りこんでほしかったなあと思います。

ではなぜ本書は注目作だったのか

 それは、作者のルーシー・バーデットさんがコージーミステリー界の大御所だったかららしいのです。調べてみると、料理評論家ヘイリー・スノウ・シリーズが十二冊、それにロバータ・イスレイブ名義でゴルフ・ラヴァーズ・ミステリー・シリーズが八冊刊行されています。しかも著作がアガサ・クリスティー賞、アンソニー賞、マカヴィティ賞の最終候補に選出されたこともあるというベストセラー作家です。その彼女がコージーではなく本格サスペンスを書いた、それもスリラー物として充分通用するレベルだ、という理由で注目を集めていたのでした。

 しかしバーデットさんのコージー・シリーズを読まずにいきなり本書をスリラー物として読んだ者としてはやはりコージー味が強めの印象を受けました。とはいえ気軽に、適度にハラハラするサスペンスを楽しみたいという読者にはうってつけなのではないでしょうか。第29回のクレア・ダグラスさんの回でも述べましたが、こういった大人も読めるYA的な、ストレスを感じさせる重厚さを省いたミステリーの需要は今後も高まっていくことでしょう。

タイトルについて

 本書のタイトル『Unsafe Haven』は、親が新生児を匿名で引き渡すことを認める米国の公的制度Safe Haven Lawに由来すると思われます。若年、未婚、学歴が低い、意図しない妊娠を隠蔽したい、病院以外のところで出産してしまった、といった理由で新生児を殺す事件があとをたたなかったため、それを阻止するために、育児放棄または生命の危険にさらされる可能性のある親が赤ちゃんを手放すことを合法的に認めようという法律です。本書でも、エリザベスに赤ん坊を渡して消えたアディにはSafe Haven法が適用されて罪には問われないか否かを議論する場面があります。そういえば日本でも赤ちゃんポストなる施設が話題になっていましたね。

 ページ数も224ページと短めです。ストレスフリーな読書にはもってこいの一冊なのではないでしょうか。