び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第18回 トマス・ミューレン

 

 MLB! メジャー・リーグ・ベースボール! オオタニサン! じゃなくって……、BLMですよBLM! ブラック・ライブズ・マター! 今回ご紹介する『Darktown』が出版されたのは2016年ですから、まさにBLM運動真っ盛りの頃です。かのアッティカ・ロックさんも“第一ページ目から度肝を抜かれ、このスリリングなミステリーの虜になった”と絶賛しています。

 その時流に乗ってか、この『Darktown』シリーズの三作目の『Midnight Atlanta』は2021年のゴールド・ダガー賞の最終候補にも選出されました。

 というわけで、さっそく内容をご説明しましょう。

【あらすじ】

 1948年、アトランタ警察は初めて黒人警官を採用した。人数は八人。その中の二人、ボグズとスミスはパートナーを組んで“ダークタウン”と呼ばれる黒人居住区をパトロールしていた。ある夜、白人男性が運転する車が街灯柱に衝突するという事故が発生。運転手は白人男性。ブライアン・アンダーヒル。四十三歳。若い黒人女性を助手席に乗せていた。後日、その黒人女性が射殺死体で発見されるが、なぜかブライアン・アンダーヒルは捜査対象の圏外に置かれる。黒人警官には捜査権が与えられていないので、ボグズとスミスは非番のときを利用して独自にこの事件の調査を始める。

 同じ頃、白人の新人警官レイクストロー(レイク)はベテラン警官のダンローと組んでパトロールをしていたが、密造酒売買に関わって売上金を巻き上げたり、タダで売春婦と寝て女主人に賄賂を要求したり、黒人を人間とも思わずに暴力をふるうダンローに嫌気がさしていた。そして、ダンローがブライアン・アンダーヒルと知り合いだという事実が気になり、独自に調査を開始する。

 そんな折り、死んだ黒人女性の家族が名乗り出て、彼女の名前はリリーだとわかった。レイクはボグズの家を訪ね、リリーの事件について情報を共有しようと持ちかける。黒人と白人の間に立ちはだかる人種という大きな壁を越えて、二人は協力し合えるのか。そしてリリーを殺害した犯人は?

ミステリーとしてはフツーに標準以下の出来

 そもそもこの時代背景で警察小説としての謎解きミステリーは成り立たないということがわかります。なぜならば“なんでもあり”だからです。白人は例え罪をおかしても、証拠をもみ消せるし、あるいは黒人になすりつけるために証拠をでっちあげることもできるし、というか証拠がなくても黒人というだけで逮捕できるし、裁判では黒人というだけで証言は信用されないし、もうめちゃくちゃなんですが、怖いのは、それが異常じゃない、普通だった時代の話なのです。ですから、本来の警察ミステリーの醍醐味であるはずの証拠集めだのアリバイ崩しだの動機の解明だのといったことが一切通用しません。誰が真犯人だろうと裁かれないのですから緊張感もへったくれもなく、実際本書では、被害女性とは離れたところに住んでいる義父が無理矢理犯人扱いされ、その義父が万引きをして見つかったところを逃げたという理由(その万引きもでっちあげ)で保安官に射殺されて一件落着となります。

 キャラクター造形についても踏み込みが足りず、せいぜい可もなく不可もなくといったところ。能力のある作家ならば、黒人警官のボグズと白人警官のレイクの人種を越えた友情や各々のしがらみなどにもっと踏み込めたことでしょう。本来見せ場となるはずの二人の交流の描写は、残念ながら読者に深く印象を残すまでは至っていません。それがこの著者の限界でしょう。でもこの小説をつまらない、と大声では言いにくい雰囲気があります。

BLMの圧

 正直言ってあまりのつまらなさに途中で投げ出したくなりましたが、そのたびに自分を戒めました。投げ出してしまったら、自分は人種問題を軽視しているのでは、という罪の意識にさいなまれそうだったからです。

 ストーリーとしてこれほど出来の悪い本書が絶賛されているのも、そこら辺に理由があるのではないでしょうか。アマゾンのレビューを見ても、superbとかgreatといった上滑りな褒め言葉はたくさんあっても、内容に切り込んだレビューは少なめです。まあ、痛くもない腹を探られないためにも、この手の本は無難に称賛しておくに限るというもの。

これがミステリーじゃなかったら……

 むしろ面白く読めたと思います。いっそのこと『1948年版実録アトランタ警察24時』とでも題してノンフィクションにすればよかったのです。ミューレンさんが相当リサーチをしていたのはよくわかります。本書にでてくるエピソードはほとんど実際にあったことでしょう。そういう観点から見れば史実を知るという意味でも非常に興味深いと言えます。例えば初登用の八人の黒人警官は署内に入ることができず、別の建物の地下の部屋が与えられていたとか、KKKの取り締まりが厳しくなっていたので、白人の警官同士は左手で握手することでKKKのメンバーであることを確認し合っていたとか。

 ただ、正当な理由なく黒人が白人警官に殴られるシーンが多く、それにはさすがに胸が悪くなってきます。そこにあるのは憎悪というより恐怖です。これを読んでわかるのは、とにかく白人は黒人を恐れているということです。彼らの動物的ともいえる身体能力に恐れ、女性のグラマラスな身体には風紀を乱されることを恐れ、音楽に乗って楽しげに踊る彼らを見ては人間を堕落させるといって恐れ、彼らを殴り、彼らの家に火をつける。そして、白人側の言い分としてダンロー警官が語ります。父親も警官で、子供の頃黒人の家に連れていかれて、火をつけろと言われた。そういう育てられ方をしたんだから、こうなったのは親のせいだ、タフで強い白人で居続けることはストレスがたまるんだ、だから黒人が笑って人生を謳歌しているのを見ると腹が立つ、とむちゃくちゃな理論で自分を正当化します。ちなみにラストでボグズは、このダンローを正当防衛で殺してしまい、地中に埋めて知らぬ存ぜぬを通します。

 当時の社会背景、人種差別の根深さがが感じられる貴重な一作ともいえるでしょう。ミステリーよりも史実に興味があるかたに是非お勧めします。