び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第19回 ロッド・レイノルズ

 今回ご紹介するのは、2015年にデビューしたイギリス人作家ロッド・レイノルズさんの『Black Reed Bay』です。

 レイノルズさんはイギリス在住でありながら、主にアメリカを舞台とした作品を執筆していて、本作もロング・アイランドのハムステッド郡が舞台となっています。デビュー作はCWA賞新人賞のロングリストに、2020年発表の『Blood Red City』は2021年度のCWA賞スチールダガー賞のロングリストにノミネートされるなど実力は折り紙付き。

 本作もアマゾンその他のレビューで軒並み高評価を得ています。そんなわけで期待に胸を膨らませながらページをめくったのですが、うーん……、わかったのはイギリス人読者の優しさと懐の深さでしょうか。

 

【あらすじ】 

 午前四時、ロング・アイランドの高級別荘地からティナという若い女性が911に通報した。“殺される、助けて”そこで電話は切れた。ハムステッド署の女性刑事ケイシーとパートナーのデイヴ刑事は現場に駆けつける。ティナはパーカーという46歳の実業家の家から飛び出して通報をした後、忽然と姿を消していた。彼女の行方を探るために警察犬が導入されたが、犬たちが見つけたのはティナではなく、ブラック・リード・ベイと呼ばれる近くの湿地に遺棄されて数ヶ月たつ女性の死体だった。 

 ケイシーはティナが生きていることを願いながら捜査を進めるが、そこへ郡警察の本部長の右腕であるマクティーグ警部が内部調査のため署にやってくる。標的はケイシーの上司のカルレッティ警部補だ。カルレッティは麻薬売買の罪で逮捕された容疑者に過剰な暴力を振るったとして訴えられている。ケイシーはカルレッティの正当防衛を信じつつもマクティーグとの情報共有に応じ、代りに彼からの捜査協力を取りつけてティナの捜索を続ける。しかしその件が引き金となって、のちに郡の警察機構の腐敗が暴かれることになるとは、その時点では知る由もなかった……。

読後第一声、うーん……

 なんでしょうね……。すべてのピースははまっているのですが、はまり方が緩いというか、随所で詰めの甘さが目立つ作品、という印象を受けました。

 まずは冒頭。ケイシーとデイヴが軽口を叩き合っています。その会話を通して二人の関係性や、署の捜査チームの面々を紹介しようという意図はわかるのですが、それが説明的だったり、ジョークが薄ら寒かったり、うーん……。

刑事全員勘悪すぎ

 ティナという若い女性(24歳)から通報が入り、ケイシーとデイヴは現場の高級別荘地に駆けつけるのですが、彼女が泊まっていたのはパーカーという46歳のリッチな実業家の家でした。まあ、状況から言ってティナは日本でいうところのデリヘル嬢のようなものだと察しがつきます。実際、パーカーはティナとの関係を訊かれ、“カジュアルな関係”と口を濁します。しかし、全367ページのうち156ページまできたところでティナの弟が「アネキは売春婦だったんだ」と発言すると捜査チームは騒然となり、「なんだって?! なぜもっと早く言わなかったんだ、捜査のやり直しだ!」と怒ります。って、え?! 売春の線を全く疑ってなかったの?

 極めつけは内部調査にやって来たマクティーグ警部でしょう。本部長のハンラハンの右腕として刑事の不正を暴く気満々でハムステッド署にやってきたのはいいのですが、ネタばらししちゃいますと、腐敗の大元はハンラハンで、彼は金持ちや有名人相手に売春ビジネスを展開し、自分も時折“商品”に手をつけていたが、身バレをおそれて行為後は相手の女性を手下の刑事に片付けさせていたのです。最後に事実が明らかになるとマクティーグは、「いや~、まさか本マルが本部長だったなんて気づかんかったわ」と言い出す始末。それを言うならケイシーもですが……。相棒のデイヴも上司のカルレッティもハンラハンの一味だったのにまったく気づいていなかったというオチ。

絡み合う複雑な感情が……ありそうに見せてないという謎手法

 ストーリーを通してこの手法があちこちで多用されています。たとえばティナの家族ですが、母親のマギーはアルコール依存症で、ティナの弟のトミーを溺愛している様子。ティナの話になると口を閉ざし気味になるところからも、何やら複雑な家族関係が透けて見えてきます。後半、マギーはティナが見つからないことに絶望して入水自殺を図り、ケイシーに助けられるのですが、自殺の理由は、自分が母親としてしっかりしていなかったせいで娘が家計を支えるために売春をした、こんな自分が情けない、という至極普通のものでした。はい、この家族に隠された秘密とか複雑な事情は何もありませんでした。

 また、父親がいないケイシーにとっては上司のカルレッティが父親に近い存在であり、尊敬する師でもありました。しかし相棒の刑事デイヴが命を落としたとき、失意のあまりケイシーはカルレッティにキスしてしまいます。カルレッティは思わず身を引き、ケイシーは引かれたことにショックを受けて我に返り、デイヴを失ったことで気持ちが混乱してしまったと謝ります。翌日ケイシーはカルレッティに対し、あなたへの恋心は全くないから、とさらにダメ押しの全否定。そこでケイシーとカルレッティは涙が出るほど大笑いしてこの件は終わりです。ケイシーの中に長年秘めていたカルレッティへの想いがあったとか、彼に拒絶されて心が傷ついたとか、何かありそうに見せておいてまたもや何もありませんでした、と。

 いや、それはないでしょう、レイノルズさん。女心を甘く見過ぎ。相棒を失ったからと言って上司にキスしますか? ここはファザーコンプレックスに端を発した恋心とか、その他色々と複雑な想いを抱えているケイシーの心を描写したほうが、キャラクターに深みも出てよかったと思うのですけどね……。

 とまあ辛口なことを述べてしまいましたが、わたしのような者は少数派でしょう。アマゾンUKでは多数の読者が高評価をつけていますので。そこから敢えて低評価のレビューを拾ってみますと――

『かったるくてつまらない。会話は1950年代の刑事物の映画のようだ』

(いや~、ぶった切ってくれますね~。さすがにわたしはそこまでは言ってませんよ。ジョークが薄ら寒いとは書きましたが)

『内容は繰りかえしが多く、結末は予想通り。深みのあるストーリーを求める読者にはお勧めできない』

『キャラクターに魅力がなく、読後記憶に残らない』

これらのレビューはあくまで少数派です、念のため!