び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第31回ピーター・パパナサシウ

今回はギリシャ系オーストラリア人作家、ピーター・パパナサシウさんの作品を紹介したいと思います。

 舞台はアウトバックと呼ばれる、オーストラリアの内陸部に広がる砂漠地帯にあるコブという田舎町。移民の受け入れが積極的だと思われているオーストラリアですが、ここでは閉鎖的なコミュニティーの人種差別問題が生々しく描かれています。

【あらすじ】

 オーストラリアの小さな町、コブで女性の小学校教師が木の幹にくくりつけられ、石を投げつけられて殺された。それは古代から伝わる処刑法のひとつである石打ちの刑に似ていた。容疑は、町に建つ移民収容センターの収容者であるイスラム教徒の男、アフメドに向けられる。住民の白人と移民のあいだの緊張感が高まるなか、事件解決のために都市部の警察署からジョージ・マノリス刑事が派遣されてきた。コブ出身のマノリスは、昔とは変わって荒んでしまった町に唖然とする。

 昔、マノリスの父のコンはコブの町の中心部でカフェを経営していた。結構繁盛していたのに、ある日突然家族は夜逃げ同然の状態でコブから引っ越した。当時子供だったマノリスにはその理由が全然わからなかった。その父も数ヶ月前に他界した。

 コブに滞在するあいだ、ボイド夫妻が経営するキャンプ場のキャビンに寝泊まりすることになった。レックスとヴェラのボイド夫妻はマノリスやコンを覚えていて歓迎した。事件の被害者の小学校教師モリーは夫妻の息子のパトリックの妻だった。しかしパトリックは四年前に病死したのでモリーは未亡人だった。レックスとヴェラはあからさまに移民収容センターの収容者を批判し、彼らのせいで町の治安が悪くなった、モリーを殺したのも彼らだ、と主張する。

 コブ署には刑事が一人と巡査が二人しかいない。特に刑事のファイフには積極的に捜査をする姿勢が見えない。証拠品の保管も雑で、現場も封鎖されていない。しかし郷に入っては郷に従えの精神でマノリスは捜査を進めていく。そのうち,住民から批判を浴びているセンターの収容者たちの劣悪な環境や、収容所の警備員による虐待が明らかになっていくが、同時に今は亡きマノリスの父親の過去の片鱗も見えてくる。父はなぜ急いで町を離れなければならなかったのか。さらにモリーの事件では、アフメドが本当に犯人なのか。しかし、真相にたどりついたと思われたときに悲劇が待っていた……。ギリシャ移民二世のオーストラリア人刑事ジョージ・マノリス刑事シリーズ第一弾。

 

パパナサシウさん、本当に新人ですか?

 え?これシリーズの二作目か三作目とかじゃないよね……と二度見してしまった『The Stoning』この安定感。新人作家によるシリーズ第一作目にしてすでに貫禄すら漂っている雰囲気。まず主人公のジョージ・マノリスが出来上がっているのです。刑事、四十歳。両親はギリシャからの移民。妻のエミリーを深く愛していますが、仕事が忙しくて家庭を顧みなかったせいで溝ができ、現在別居中。エミリーは数ヶ月前から息子と共に別の男と暮らしています。マノリスは動物を愛するヴェジタリアンであるゆえ、宿を提供してくれた主人の妻がふるまうラムカレーを断るのに苦労したり、町の男たちが女性を物扱いすることに憤る女性巡査のカーに心からの同情を示したり、移民収容センターの劣悪な環境に心を悩ませたりもしますが、胸の奥には自分の足元が常に揺らいでいるような不安感が巣食っているという設定。昔の面影を亡くした荒んだ町。そこへ何十年ぶりかで足を踏み入れる男。舞台も完全に出来上がっています。

ほぼほぼハードボイルド

 一応警察小説ではありますが、マノリスはほとんど一人で行動しているのでハードボイルドに近い形でストーリーは進行し、マノリスの目を通して移民という社会問題が描かれつつ、マノリス自身の人生の探求にも焦点が当てられていきます。まさにハードボイルドの王道。ゆえに謎解きのサスペンス要素の部分は弱く、犯人は最初から目星がついてしまいます。閉鎖的なコミュニティーで起きた殺人事件。犯人は誰なのか。その辺の意外性を期待している読者は物足りなさを感じるかもしれません。

この地方ならではの空気感

 オーストラリアの内陸部、アウトバック。息苦しくなるような暑さ。住民にとっては害でしかないカンガルーの群れ。マノリスも時々道路でカンガルーを轢きそうになったりします。現にカー巡査の婚約者は運転中にカンガルーをよけようとして木に激突して亡くなっています。穀物も荒らすカンガルーは害獣扱いされているなど、この地域独特の描写は雰囲気をおおいに盛り上げています。ただラストでは、移民収容センターの収容者たちが結局救われないままだったことに後味の悪さは残ります。リアリズムという観点から言えばしかたないのかもしれませんが。

旅は続く

 本書はシリーズの一作目であり、マノリスの人生探究の旅はまだ始まったばかりです。最後は、父親が犯したかもしれない殺人の凶器をマノリスが掘りおこそうとするところで終わっています。今後父親の隠された一面にたどり着くことはできるのでしょうか。妻一筋のマノリスですが、コブ署のカー巡査との関係も気になりますし、この先どんどんと世界観が広がっていきそうな可能性を秘めている作品だといえます。2022年度のCWA新人賞とゴールドダガー賞のロングリストに選出されたのも納得でしょう。ちなみに二作目の『The Invisible』は2022年9月に刊行されています。こちらは、マノリスが休暇で父親の故郷のギリシャの村へ行き、そこで親戚から行方不明の友人を探してほしいと頼まれて引き受けるというストーリーになっているようです。

The Invisible

The Invisible

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