び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第34回 エマ・スタイルズ

 いよいよ2022年も終わりに近づいてまいりました。本ブログを閲覧してくださった皆様、ありがとうございました。今年最後の更新でご紹介するのは、またまたオーストラリアの作品です。

【あらすじ】

 十七歳のチャーリーは典型的なホワイトトラッシュの家庭で育った。父親はギャンブル好きで暴力的。四年前に母に暴力を振るって死なせ、今は服役中だ。姉のジーナも暴力的なハゲの大男ダリルと付き合っていて、たまにしか家に帰ってこない。先日ダリルはどこからか盗んできた金の延べ棒を何本か見せびらかしていた。チャーリーはそのうちの一本をこっそり盗んだ。それは今もポケットの中にある。

 そんなとき、家の前に突然ナオというアボリジニの血を引く外見をした若い女性が現われた。裸足で息を切らし、手や顔に傷がある。今夜一晩泊めてくれという彼女が差し出す四十ドルに目がくらみ、チャーリーは彼女を家に入れてやる。しかしそこへ烈火のごとく怒ったダリルがやってきた。金の延べ棒を盗んだのがバレたのだ。ダリルはチャーリーの襟を掴む手に力を込めて彼女の身体を壁に打ちつけながらポケットを探リ始めた。ナオは青ざめて固まっている。チャーリーは何とか手をのばして触れた物を握り、ダリルの頭に振りおろした。それは肉切り包丁だった。ダリルは死んだ。しかし、救急車や警察に通報しようとするチャーリーを、ナオはなぜか全力でとめる。チャーリーも、姉に彼女の恋人を殺したとは言いたくない。それで二人はダリルの死体を運んで池に遺棄する。
 そこから二人に次々と追っ手がやってくる。ダリルのピックアップトラックで逃走するチャーリーとナオ。そのトラックの中には金の延べ棒がぎっしりと詰まったバッグがあった。追っ手の目的は金の延べ棒の奪還で、彼らに指示を出しているのはナオの義父のウォレンだった。金の延べ棒はウォレンの書斎の金庫に入っていたもので、ダリルは仲間とそれを盗んだのだ。チャーリーはそのバッグを掴んで離さず、誰にも渡さないと息巻く。ウォレンはチャーリーの姉のジーナを人質に取って金の延べ棒との交換をチャーリーとナオに要求するが……。

 男たちの支配に真っ向から立ち向かい、西オーストラリアの厳しい自然の中を疾走する二人の若い女性の濃密な一週間を描くスタイリッシュ・スリラー!

雰囲気重視の作品

 この手の作品は安易にフェミニズムだのシスターフッドだのという宣伝文句を押しつけられがちですが、作者のスタイルズさんはむしろそういった暑苦しいウエットな描写を一切排除し、クールで乾いた世界観を構築しています。本書が刊行以来非常に高い評価を得ているのはその辺が理由のようです。しかし反面、主人公の女性二人に感情移入できなかったり、応援したくなるような親しみやすさがないという面もあります。育った環境も人種もちがう二人が出会って逃走劇が始まる中、本来であればバディ物としてこの二人のあいだに何らかのケミストリーが起きて思わぬ絆が生まれたりするものですが、残念ながら本書ではそこまで描ききれなかったようです。若い二人の成長物語といった側面もほしかったところですが、特に描かれてはいません。まあ、本作はハードボイルド風の乾いた、スタイリッシュな筆致に酔う作品です。実際雰囲気だけで話を進めているところがあるので、しっかり読んじゃうと細かな突っこみ所やぼやかし過ぎて訳のわからない箇所がわらわら出てきます。そのあたりはスルー推奨。

情報を小出しにしすぎ

 チャーリーの家に突然やってきたナオ。何やら訳ありの風体ですが、彼女の目的は? これがですね、小出し小出しにしか出てこなくて、やたらともったいぶっているのです。なかなか見えてこないストーリーに、正直途中で離脱したくなりました。しかも結局明らかになった事実はそんなに引っぱるほどのことでもなかったという。冒頭ではいきなりナオが現れたりチャーリーがダリルを殺して死体を遺棄しちゃったりと、まさに息をもつかせぬ展開で読者をぐいぐいと引きこんだだけに、この中弛みと、同じことを繰り返す二人の会話に冗長さを感じてしまいました。また、表紙の宣伝文句で煽られているほどの追いつ追われつの怒濤の展開や疾走感がなかったのは、ひとえにチャーリーとナオが最大の敵であるウォレンに直接追われていないからでしょう。ウォレンの息のかかった警官に二回追われることはありましたが、(そのうちの一回は警官がヘビに襲われて自滅)あとはガソリンが尽きてやむなく盗んだ車の所有者に追いかけられただけ。むしろチャーリーの姉のジーナのパートのほうがよっぽどハラハラしました。ジーナはウォレンに捕まり、行動と共にしながら逃げるチャンスを伺い、隙を見て車の鍵を奪って逃げ、あと少しというところで再びウォレンに捕まってトランクに入れられるという、まさに恐怖映画のヒロインのような目に遭うのですから。

ロードムービーのような西オーストラリアを楽しめる

 読みどころは、アウトバックと呼ばれる西オーストラリアの奥地の自然でしょう。どこまでも続く一本道。この先にガソリンスタンドはないことを告げる看板。この地方でドライブをするならガソリンと飲料水のタンクを積むのは鉄則です。路上で平たくなっている、車に轢かれた牛、カンガルー、ウサギ。フロントガラスに貼りつくコオロギの死骸。ヘビ、サイクロン、暴風雨、冠水……といった、この土地ならではの雰囲気がたっぷり味わえます。

映画化されたら

 映画化権は売れているらしいので、いずれビジュアル化される日がくるかもしれません。しかしその場合、このストーリーをそのまま映像化するだけではやはりやや弱いので、脚本家があれこれ詰め込むでしょう。そして出来上がったものは、スタイルズさんが苦労して作りあげたクールな世界を根底からぶっ壊し、フェミニズムシスターフッドを高らかに謳うウエットな作品(下手をするとレズビアン要素まで入りそうな)に仕上がるのが目に見えるよう。主役の二人は白人とアボリジニの女性。多様化が叫ばれる昨今にあって注目を集める映画になることは間違いなさそうです。