び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第43回 ブレンダン・スローカム

 またまた素晴らしい本に巡り会いました! 去年の作品で、買ったはいいのですがどうにもバイオリンがテーマとあって興味が湧かず(クラシック音楽とか苦手なもので……)積んであったのですが、ようやく手にとって読み始めるやどうしてすぐに読まなかったのかと後悔しきり。とにかく万人受け間違いなしの、王道の作品です。

【あらすじ】
 その日、若きバイオリニストのレイ・マクミランにとって衝撃的な出来事が起こった。祖母から譲り受けた命よりも大切なバイオリンのストラディヴァリウスが盗まれたのだ。ストラディヴァリウスとは、十八世紀に製作されたバイオリンの最高傑作である。それを手にしたレイは元々の才能と相まって、めきめきとバイオリニストとして頭角を現してきていた。
 しかし、世界で最も権威のある音楽コンクールの直前にそのバイオリンが盗まれてしまったのだ。いったい犯人は誰なのか? そもそも貧しい黒人の彼がそのバイオリンを手にすることになった経緯とは? 奴隷として動物以下の扱いを受けてきた祖先の歴史を背負い、人種差別という逆風にさらされながらも必死で夢を追いかけていく黒人青年の成長を描いた感動作。

マルチな魅力を持つ王道のサクセスストーリー

 本書を厳密にカテゴライズするのは難しいかもしれません。ミステリー、音楽もの、成長物語……と複数の側面があります。このマルチな魅力を支えている要因は三つあると言えるでしょう。まずひとつ目は――

万人受けするスタンダードな展開

 主人公レイのほぼほぼ一人称に近い三人称で語られていく、てらいのないストーリーにはすんなり入っていきやすい雰囲気があります。また、レイには黒人差別による理不尽な困難が次々と降りかかるので読者の判官贔屓はおおいに刺激され、彼を応援せずにはいられなくなります。特に印象深かったのは、レイのデビュー公演のときのエピソードです。嫌がらせを受けて直前で曲目を変えられ、ステージでは強力なスポットライトを浴びせられて楽譜も指揮者も見えなくなるというアクシデントが発生します。しかしレイは目をつぶったまま最後まで演奏しきるのです。このパフォーマンスの鬼気迫る描写! スタンディングオベーションをする観客に向かってバイオリンを高々と掲げるレイ。スポーツでいうところのガッツポーズですね。そして、これは自分だけの勝利じゃない、不遇な扱いを受けてきた黒人ミュージシャン全員の勝利なのだ、というところはもう感動の嵐です。

道徳的に優れた作品

 ふたつ目は、本書に含まれている道徳的なメッセージでしょう。黒人が受けてきた人種差別という重いテーマを扱ってはいますが、不平等に対する怒りや恨みの感情を掘り下げていたずらに分断を煽ってはいません。作中でレイの祖母は言います。『彼らがおまえを憎んでいるからといっておまえも憎んじゃだめ。憎んだら同じレベルの人間になりさがってしまい、彼らの勝ちになる。だから常に相手に敬意を払いなさい。そしていつまでも今のままの、優しいレイでいてちょうだい』未来ある若者の耳に届いてほしい、素晴らしい言葉ではありませんか。翻訳されたあかつきには、ぜひ本書を全国の中学校、高校の図書館に置いてほしいものです。

読者を聴衆にさせる筆致

三つ目は、旋律が聴こえてくるような音楽の描写です。著者のスローカムさんご自身がバイオリニストということもあり、音楽面の描写はリアリティーに富んでいます。クラシックの様々な名曲をバイオリンの音で解釈していくシーンは圧巻で、読者はまさに演奏を聴いているような気分になります。

ミステリーものとしての側面

 ミステリーの要素は確かに二の次になってはいますが、盗まれたバイオリンを探してレイ自身が探偵まがいの行動をするなどスリリングなシーンもあり、ミステリー好きな読者の期待も裏切らない展開になっています。とにかく内容が濃く、上記のエピソードに加えて親族との対立や、レイの曾々祖父が奴隷だったころの話も絡み、最後まで読み応えのある作品に仕上がっています。本書はスローカムさんのデビュー作であり、第二作目の『Symphony of Secrets』は2023年4月に刊行されています。こちらもまたまた音楽がテーマのお話です。