び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第53回 ジョン・ブラウンロウ その2

 今回は、第50回でご紹介したジョン・ブラウンロウさんの『Agent Seventeen』の続刊となる『Assassin Eighteen』をご紹介します。8月25日に刊行されたばかりの新刊です。

【あらすじ】

 かつて殺し屋界のヒエラルキーの頂点に立っていた17(セブンティーン)は、先代王者の16(シックスティーン)亡きあと、彼の家で隠遁生活を送っていた。そこへ、17を狙ったライフルの銃弾が飛んでくる。狙撃者を追って山へいくと、そこにいたのは九歳の少女だった。白人に他の人種が混じったような彼女の顔立ちに、17は何となくデジャブを覚える。

 少女は何を訊いても頑なに口を閉ざしている。わかったのはミレーユという名前だけ。この子は何者なのか。だれが彼女をここへ送ったのか。ミレーユをひとまず友人のバーブに預けて調査を始めると、あるモーテルでミレーユの母親らしき女性の死体を発見する。死体は酷い拷問を受けていた。その顔の血を拭ったとき、愕然とする。彼女は17がかつて愛した女性だったのだ。危険を感じてミレーユを引きとりにいくと、バーブは撃たれ、ミレーユはさらわれていた。ミレーユの命と引き換えに“ディープ・スレット”を要求してきたのは億万長者で白人至上主義者のウェンディ・ヒプキス。ウェンディの狙いは? “ディープ・スレット” とは何なのか? その謎を追って17は16(シックスティーン)の娘のキャットと共にノルウェーへと飛ぶ――。

前作を凌駕する面白さ

 前作『Agent Seventeen』は、スパイ物のカテゴリーに入る作品ではありますが、いわゆる従来のスパイ物とは違い、しっかりと今時の価値観に合った面白さを持つ新感覚のスパイ物とも言える作品でした。その流れを汲み、本書も当然面白いだろうと期待して読みはじめましたが、その期待はものの見事に裏切られました。自分の抱いていた期待がいかにスケールの小さいものだったかを強烈に思い知らされたのです。本書は控えめに言って前作の二倍、いや三倍面白い!!

手に汗握る、ノンストップアクション

 とにかく、息つく暇も与えないほどのアクションの連続。主人公の17に次々と振りかかる危機、また危機。まさに映画を観ているような臨場感。舞台はアメリカの各都市、そしてノルウェーブエノスアイレスへと広範囲に渡り、戦いの場も陸、海、空を全制覇。特にノルウェー領スヴァールバルでの、猛吹雪の中のツポレフとスノーモビルのチェイスは圧巻!

ピュアなロマンス描写

 もちろん本書はアクションがメインの冒険活劇ではありますが、その根幹をなしているのが実は純愛だったりします。17の、あまりにも切なく、残酷な初恋はこれだけで一本話が書けそうなほど濃密だし、後半から登場する前作からのキャラクターのキャットとの、ただの恋愛には収まりきらない複雑な関係の描写はエモーショナルで読者を泣かせること必至。ラブシーンもあるのですが、ここがブラウンロウさんのうまいところで、官能がまったくないのです。官能を抑えた筆致によって、いかにこのシーンがストーリー上必要なシーンかが逆に強く伝わってきます。こういうところ、個人的に好きですね~!

無意味にぶっこんだと思わせないポリ・コレ

 前作の感想でも触れましたが、本書からもジェンダーバイアスがほとんど感じられません。おそらくブラウンロウさんはこの点をかなり意識していると思われます。17の初恋の相手の黒人女性グラシアスは男性兵士として育てられ、男の殺し屋の仮面をかぶって生きていくのですが、それを、“自分の選択”と言い切り、楽しんでいる、とも明言しています。さらに、グラシアスの弟のマーヴェラスは二十六歳ですが、四十代の女性と恋に落ちて付き合っていることもさらりと描かれています。昨今ハリウッドでも年配の女優がエイジズムに対して声をあげる中、年の差にこだわらない、しかも女性のほうが年上の恋愛関係は多様性に合致しているといえるでしょう。また、前作に続いて登場の天才ハッカーのヴィルモスはホモで、プライド・パレードに参加したというエピソードが本書ではキーポイントになっていたりもします。本書が映画化されたときに備えてか、ポリ・コレ面もしっかりと押さえてあるのは、さすが映画脚本家というべきでしょうか。

ボーン・アイデンティティー』の後継作

 映画化権はハリウッドですで売れているということなので、具体的なプロジェクトの発表が待たれます。このシリーズが『ボーン・アイデンティティー』の後継者的位置づけのヒット作品になることは間違いないでしょう。ただ気になるのは、本書が”シリーズ物”とはどこにも書かれていない点です。ひょっとしてこの『Assassin Eighteen』でストーリーは完結なのでしょうか。だとしたらつらい……本書での17の最期を思うとあまりにも哀しすぎる! ブラウンロウさん、この際トンデモ展開でもご都合主義でも構いませんからどうか、実は生きていた、とかいうことにして続編をお願いします!