び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第50回 ジョン・ブラウンロウ その1

今回は、2023年度CWAイアン・フレミング・スチールダガー賞受賞作の『Agent Seventeen』をご紹介します。

【あらすじ】
 セブンティーン(17)と呼ばれるその男はフリーランスの殺し屋。本名年齢不詳。今はハンドラーという男の仲介で仕事を得ている。ハンドラーは世界中の諜報機関、法執行機関をクライアントに持ち、彼らから依頼される汚れ仕事を請け負っている。昨日はCIAの仕事を引き受けたかと思えば今日はFSB、といった具合に。イデオロギーは関係ないし、クライアントに理由も訊かない。

 ハンドラーのお抱え殺し屋の中でトップの成績を挙げているのが17だ。八年前までトップの座にいたのはシックスティーン(16)だったが、彼は突然リタイアし、代わってその座に躍り出たのが17だった。

 17の今度の仕事はベルリンにいるイランの情報部員を殺すことだった。そのイラン人はある女性と接触して物を受け取ることになっている。その物も回収しろと言われていた。指定の場所に行くと、イラン人が女性からコーヒーの紙コップを受け取っていた。17がそいつを追いかけると、危機に気づいた男はコーヒーを飲み干してしまう。17は男を殺したが、彼は死の間際にパラシュートという言葉を何度も繰り返していた。コーヒーの紙コップに入っていた物を回収するために男の腹をナイフで裂き、胃から物を取り出す。それはSDカードだった。

 その仕事のあと17は行きずりの女と一夜を共にするが、その女に殺されそうになる。怪しさに元々気づいていた17は女をあっさり押さえて何者かを吐かせる。すると、ハンドラーのライバル業者のオスターマンに雇われた殺し屋だとわかった。なぜ自分は狙われたのか。17に心当たりはなかった。

 後日、ハンドラーは17に新しい仕事を持ってきた。ターゲットはシックスティーン。さすがに17は躊躇した。シックスティーンは自分にとって雲の上の存在といえる、レジェンドアサシンだ。だからこそお前に頼むんだ、とハンドラーは言う。殺れるのはお前しかいない。ここで断ったら逃げたと思われて、今後この世界からお呼びがかからなくなるぞ――そこまで言われたら引き受けるしかない。そうして17はシックスティーンが隠遁生活を送っているサウスダコタへ向かう。だが17は知らなかった。その件の裏にはどす黒い陰謀が隠されていることを……

まずは祝! ブラウンロウさん、CWAイアン・フレミング・スチールダガー賞受賞おめでとうございます!

 文句なしの受賞だったのではないでしょうか。さっそく本書の面白さの要因となっている三つの魅力を挙げてみたいと思います。

ひとつ目、キャラクターの魅力

 主人公のセブンティーンを始め、どのキャラクターも独特の魅力を放っています。その根底にあるのは人間が完全に捨てきれない”愛”ではないでしょうか。あまりにも苛酷な幼少時代を送ってきたせいで心をなくし、人を殺すことになんの躊躇もなくなってしまったセブンティーン。それでもどこかにほんの少し残っている人間らしい気持ちが彼を完全な殺人マシーンにはしていません。そのあたりは、彼が一夜を共にした女性を敵と知ってもいっとき彼女の言うことを信じて逃がしてやろうとしたシーンにも表れています。さらに、サブキャラクターのシックスティーンが抱える闇、セブンティーンが泊まったホテルのフロント係の女性キャットの生い立ち、シックスティーンの女友達バーブの過去、セブンティーンの指導者トミーの贖いなど、どのキャラクターも何かを背負い、アイロニカルな面を持ち、それでいてどこか憎めなくてなんとも印象的です。

 また、ジェンダーステレオタイプな描写がほとんどないのも地味に特徴です。女スパイがセブンティーンを誘うシーンも007の映画のように女性がその魅力的な肉体で迫る、なんてシーンはありませんし、17と関係を持つキャットという女性にしても、とらわれの身となってただ男の助けを待つか弱い女性(あるいは足手まといな女性)という描き方はされていません。また、男と男がガチで死闘を繰り広げるシーンでもマチズモ臭がありません。そこにあるのは性ではなく個であり、描かれているのはすべて個と個のぶつかり合いなのです。

ルー・バーニーがスパイ物を書いたら?

 ふたつ目に挙げられる魅力は、リリカルで哲学的な香りもほのかに漂う筆致です。本書を読んで最初に浮かんだのは、もしルー・バーニーがスパイ物を書いたらこんな感じかな、という感想でした。死を予期し、死の影を背負って生きているキャラクターたちの描写はどこか哲学的でもあり、心に響きます。そのうち刊行の巻数を重ねていったら名言集もできそうな感じ。とりま、私が本書から拾った名言は、When you kill someone for the first time, you also kill the person you used to be.でしょうか。『初めて人を殺すということは、それまでの自分を殺すということだ』

ガッツリアクション!

 みっつ目の魅力はたっぷりとしたアクション描写でしょう。本書の宣伝文には007やジェイソン・ボーンが好きな人向け、とありましたが、うーん、それはどうでしょう。ジェイソン・ボーンはまだしも007はちょっと違うかな……。本書は決して映画のようなド派手なアクションが満載というわけではなく、どちらかというともっとスケールは小さいのですが、とにかくバラエティーに富んでいます。クライマックスはこれでもか、というアクションに次ぐアクションの連続! 17やシックスティーンだけではなくキャットも参戦でもう興奮は最高潮!

著者のジョン・ブラウンロウさんについて

 ブラウンロウさんは1964年8月11日、イングランド東部のリンカンシャー州の州都リンカンで生まれ。2000年初頭から脚本家として活動を始め2003年にはグィネス・パルトロウとダイエル・クレイグが主演の『シルヴィア』という映画の脚本を担当しています。また、2014年には人気スパイ小説「007」の生みの親である作家イアン・フレミングの軍隊時代を描いた全四話のテレビドラマ『ジェームズ・ボンドを夢見た男』の脚本を、2017年にはドラマ『ミニチュア作家 ジェシー・バートン』の脚本を書いています。
 本書『Agent Seventeen』の映画化権はすでに売れているとか。実現したらセブンティーンとシックスティーンを演じる新旧スターのバディコンビがスクリーンで大暴れしそうですね。ちなみに続刊の『Assassin Eighteen』は2023年8月に刊行予定です。