び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第51回 クレイグ・タールソン その1


 連日猛暑が続いておりますが皆様いかがお過ごしでしょうか。さて今回は趣向をちょっと変えまして、ツイッターで知り合って絡ませてもらっている作家さんの作品をご紹介するというスタンスでやっていきたいと思います。タールソンさんはとにかくめちゃくちゃ面白いかたで、毎日ツイートで笑わせてもらっています。しかもまめにリプをくださるという気遣いのおかた。先に彼と知り合ってしまったせいで、作中の主人公がどうしてもタールソンさんと重なってしまう(;゚ロ゚)というわけで、さっそくご紹介しましょう。

【あらすじ】
 メキシコのリゾート地、プエルト ヴァヤルタ。ルーク・フィッシャーはビーチ沿いの安ホテルで気ままに暮らしながら、時々頼まれて人捜しやパーティーの警備などをしている。”探偵”と呼ばれることもあるが、ルーク本人は頑なにそう呼ばれることを拒んでいる。探偵と言ってしまうと、人はサム・スペードとか、テレビや映画に出てくるキャラクターを想像してしまう。自分はとてもそんなタイプではないと自覚している。
 仕事をよく回してくれるのは、近所に住むベーノという、幅広い人脈を持つ謎の男だ。友達と呼べる関係ではないが、それに一番近い存在かもい知れない、とルークは思っている。
 ある日ルークは酒場でシンシアという女性から弟のジュールズを捜してほしいという依頼を受ける。しかしその直後に、定宿にしているホテルのベッドに死体が置かれているのを発見する。被害者はこの界隈で使いっ走りのようなことをしているジャンキーのレオンだった。どうやら死ぬ前にベーノに頼まれた仕事をしていたらしい。とにかく、メキシコの警察は腐敗しきっていてろくな捜査をしないので、このままだとルークが逮捕されるのは目に見えている。ベーノはサンタフェへ逃げろ、と言って手はずを整えてくれた。折しもサンタフェにはジュールズに関する手がかりがあるという情報を得たばかりだった。
 ルークはサンタフェへ飛びつつも、レオンを殺ったのは誰なのかと考える。ひょっとしてベーノが関わっているのではあるまいか。友達に近い存在と思っていた男に不信感が芽生えるなか、成り行きでハロルドという大男と行動を共にするはめになる。ハロルドも別の人物に依頼されてジュールズを追っていたのだ。ジュールズがモンタナにいるという情報を得て、喧嘩の絶えない男ふたりの珍道中が始まった……

Surf City Acid Drops.Fascinating title!

 まずタイトルですが、なんとも魅力的ではありませんか。そもそも私が本書に興味を持ったのはこのタイトルと、ジェームズ・クラムリーの『さらば甘き口づけ』に似た世界観だという読者のかたの読了ツイートを見たからでした。俄然興味を掻きたてられて、気になる作家だな……とツイートしたらさっそくご本人からお礼のリプが! そこからツイッター上のお付き合い(というほどではありませんが)が始まったわけです。とにかく面白いおかたで、さらに作中の主人公ルークもこれまたしょっちゅうジョークを飛ばしているものですから私の中ではもうタールソンさん=ルークになってしまっています。
(I can't help identifying Mr.Terlson with Luke.)

なんとも心地いい雰囲気

 ルークの行きつけのバーの名前はEl Rayo Verde.(緑の光線という意味のスペイン語)。これは、日が完全に沈む直前に一瞬緑色の閃光が放たれることから来ています。バーテンダーのジミーは日没後、Sandalsの曲をかけながら緑色のキャンドルを灯していきます。その光はざらついた黄色い壁に反射し、潮風が店内の客たちのため息を掃くように吹き抜けていく。ストーリーはそれなりに曲折もありますが、正直言ってあまり気にする必要なし。登場人物も結構出てきますが、覚えておかなければと焦ってメモを取る必要なし。レジュメがどうだのシノプシスが~、売れ線傾向が~だの考える必要ナシ。たまにはこういうのもいいじゃないですか。潮風、サンセット、パシフィコ・ビール、テキーラ、各種メキシコ料理、美味しいコーヒー。とにかくこの世界に黙って浸ればいいのです。

主人公、ルーク・フィッシャーの魅力(Luke Fishcer is a likable, average guy but very stubborn)

 ルークについては、どうやらウィスコンシン州出身らしい、ということ以外詳細は明かされていないのにもかかわらず、謎めいた雰囲気など一切ありません。それどころかなんとも親しみのある、憎めないキャラクターです。それは彼が普通の道徳観念を持った普通の人だからかもしれません。面白いこともしょっちゅう言っていますが、どちらかというと受け狙いというより天然といった感じ。それがまた相手を怒らせ、我々読者もそこに大笑いしてしまうというわけです。とにかく固有名詞もいっぱい出てくるし、細かいギャグも満載。一応現代物で出版されたのも2015年ですが、デジタル機器など一切出てきません。それでもまったく違和感なし。なぜなら、この世界ではそれで完全に調和が取れているからです。いい意味で古き良き時代のまま時が止まっているようなこの世界観はもはや平行宇宙とか、そういったSFの域に入っているかも。(ちなみにタールソンさんは新作でマジにSF書いてます)

『長いお別れ』(The Long Goodbye by Raymond Chandler)の傍系

 ジェームズ・クラムリー(James Crumley)の『さらば甘き口づけ』 (The Last Long Kiss)が『長いお別れ』のオマージュであることは有名ですが、本書もある意味『長いお別れ』の傍系と言えるのではないでしょうか。本家ではマーロウが殺人犯の濡れ衣を着せられそうになったテリーをメキシコのチュアナまで車で送ってやりますが、こちらはベーノが殺人事件に巻き込まれたルークをサンタフェへ逃がしてやります。ルークとベーノの間に生じる不信感がふたりの友情にも似た関係を微妙にしていくところなどもやや本家とかぶります。逆に本書と『さらば甘き口づけ』 は似て非なるものかと。酒という共通項はありますが、女性の描き方もまったく違っています。『さらば甘き口づけ』 にあるウェットでエモーショナルなリリシズムが本書には皆無で、肌感が別物なのです。本書はむしろカラッとした心地よさが魅力になっていると思います。

男たちの終わらない旅

 作中では喧嘩もあり、死人も出て、ラストは銃撃戦なんかもありますが、この世界は言ってみれば男たちの終わらない旅なのではないでしょうか。旅はまだまだ終わりません!
続編(ルーク・フィッシャー・シリーズ)第二巻

第三巻も近日刊行予定のようです。