び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第48回 ジョージ・ドーズ・グリーン

 今回は1995年MWA賞最優秀処女長編賞受賞作家で、1996年に公開された映画『陪審員』の原作者でもあるジョージ・ドーズ・グリーンさんの作品『The Kingdoms of Savannah』をお送りします。なお、本作品は2023年度のCWA賞ゴールデンダガー賞を受賞しました。

【あらすじ】
 アメリカ南部、ジョージア州サヴァナ。ルーク・キッチンズ二十二歳はホームレスだが、ときどき日雇いの仕事をしながらなんとか生きている。フリーの考古学者の中年女性ストーニーとはホームレス仲間だ。この町の下層民のふたりはその日も行きつけのバーへ足を運んでいだ。バーテンダーのジャックことジャクリーンは芸術大学の大学生で、常連客に人気がある魅力的な黒人娘だ。
 そこへ見知らぬ男がやって来てストーニーに酒を奢った。それを飲んで具合を悪くしたストーニーは外へ出る。男も追いかけてくると、自分のボスに会ってほしいと言って彼女を車に乗せようとした。ストーニーを心配したルークも店を出てくるが、男に銃で撃たれて殺されてしまう。そしてストーニーは車に乗せられて拉致された。

 翌日、ルークは焼死体で発見された。寝泊まりしている空き家に放火されたのが原因ということになっていた。そしてその空き家の所有者で町の嫌われ者のガズマンが逮捕される。空き家の維持費に困り、保険金目当てに火をつけたのだろうと思われていた。

 しかしガズマンは無罪を主張し、マスグローヴ探偵社に調査を依頼する。その探偵社のオーナーはサヴァナの名家の筆頭であるマスグローヴ一族の当主、モルガナだ。七十歳になるモルガナは、それまで勘当状態だった末息子のランサムを呼びよせてこの件の調査にあたらせる。さらにモルガナの長女で判事のウィロウやモルガナの義孫娘にあたるバーテンダーのジャックも調査に協力する。すると、ストーニーがある土地で奴隷制度にまつわる史跡を発見し、それをキングダムと呼んでいたという事実が浮かびあがってきた。

 だがその後ルーク射殺事件の目撃者が殺され、ランサムが容疑者として逮捕されてしまう。さらにガズマンも自殺に見せかけて殺される。一連の事件は史跡の隠蔽が目的だと気づいたモルガナには犯人の目星がついていた。それで、その人物と対峙するが……。

導入部は印象的

 本書の良かった点を挙げるとすれば、”導入部は印象的”このひとことに尽きるでしょう。冒頭、自由の戦士の王国【キングダム】という謎めいた言葉を発した考古学者がさらわれ、助けようとした若者が殺される。そして関係のない人間が逮捕され、ある探偵社が無実の罪をはらすために動きだす――なんともミステリー好きの読者の心を躍らせる導入部ではありませんか。しかし心が躍ったのはそこまででした。その先は今どきのミステリーとは思えない、80年代の世界観が待ち受けていました。

80年代感の正体

 80年代感の正体のひとつにはリアリティーの欠如が挙げられるかもしれません。南部の華麗なる一族総出で事件解決にあたるという構図。登場人物の数だけはやたらと多いのですが、戯曲のキャラクターのような感じと言えばいいのでしょうか、どの人物にも衣装、小道具、バックグラウンドは与えられているものの、彼らからは表層的なイメージしか伝わってきません。この辺がどことなく古臭さを感じてしまうのですね。

 また、南部の特権階級と過去の奴隷制度をテーマにしているのにも関わらず、政治色をふわっと回避しているところも80年代っぽく感じられました。当時はそういう描き方が粋とされていたのでしょうが、今はSNSを通じて誰もが自分の意見を発信する時代です。そんな中にあって作中でも一番若く、しかも黒人であるジャックが奴隷制度や祖先の人々についての自分の考えを発信しないところには何となくもやもやしました。冒頭では大学の課題でドキュメンタリーを撮ると言ってバーの客を携帯電話で撮影していたのにこの件についてはスルーして、事件後ニューヨークに行って町並みのビデオを撮るというエンディングは意味がよくわかりません。

 さらにはこれだけ鑑識技術が発達し、警察のプロシージャーが可視化されている現代にあって、殺された被害者のそばにいたというだけでランサムが容疑者として逮捕されるなどということがありうるのでしょうか。しかも、田舎町でもないのに監視カメラや交通カメラがひとつもなかったり、考古学者がある島を調査して史跡を見つけたというシーンでも、普通発掘作業は何人かのグループでやるものではないでしょうか。ひとりで全部やってひとりで秘密を抱え込んだというのは無理があるのでは? まあその辺もリアリティーはスルーして、雰囲気重視で話は進行します。

事件は勘で解決

 前半早々に一見善良そうな警官ガクタスが黒幕の手下だということが読者には明かされますが、登場人物たちはわかりません。特にジャックは彼を信用して呼び出しに応じたりと危険な展開に。ガクタスの裏の顔はどうやって暴かれるのか、ランサムが何か証拠を掴むのだろうか、などと期待しながら読んでいるとなんとまあ、マスグローヴ家の当主モルガナ老婦人の”あいつの表情が怪しい”のひとことでガクタスは悪者認定されます。ちなみに黒幕もモルガナの勘で判明。集めた証拠を重ねていって真相にたどり着くというミステリーの醍醐味は吹っ飛びます。

中途半端なアプローチ

 結論として、やはり奴隷制度をテーマにする以上、政治色を排するというのはアプローチとして疑問が残ります。しかもこれだけ多くのキャラクターが登場していて黒人はジャックひとりだけ(厳密に言うとジャックの母親ロクサーヌもちらっと出てきますが)というのはいかがなものでしょう。結局白人の視点からの奴隷制度をテーマとした描写はこんなお花畑になってしまうのか、と残念な印象を残しただけの作品となってしまいました。雰囲気でまとめるとかそういった中途半端なアプローチよりも、リアルに核心をついてほしかった。芸術性や文学性が真実をぼやかすことになってはならない、今はそういう時代なのではないでしょうか。