び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第56回 エリク・プルイット

 今回は、2023年5月に刊行され、アマゾンで四千件以上のレビューがついている話題作『Something Bad Wrong』をご紹介します。

【あらすじ】
 サウスカロライナ州ディートン郡に住むジェス・キーラーは三十代後半のシングルマザー。学生時代に妊娠してしまい、ジャーナリズムを専攻していた学校を中退せざるをえなかった過去がある。以来子育てに専念しつつも夢を諦めきれずにいたある日、保安官補だった祖父、ジムのメモ帳を見つける。それは、1971年のクリスマス・イブに若いカップルが失踪し、二週間後にロープで木に縛りつけられた絞殺死体となって発見され、その後迷宮入りとなった事件の捜査記録だった。祖父は翌年の1972年に亡くなっている。

 俄然興味を引かれたジェスは、その事件をポッドキャストで配信しようと決意して独自に調査を始めるが、個人でやれることの限界を知って壁にぶち当たる。各方面に顔がきく人物がほしい、そう感じた彼女が目をつけたのは、女性スキャンダルを起こして今はTV界から干されている人気ニュースキャスター、ダン・デッカーだった。
 ジェスから調査協力を打診されたデッカーは、自分のカムバックに利用できると思ってその件を引き受ける。ふたりは当時の関係者を見つけだしてはインタビューを試みるが、誰もが何かを知っていながら話そうとしない。ジェスの母親も、祖父のジムが担当したその事件を掘りかえすことになぜか激しく反対する。いったい五十年前に何が起こったのか。若きカップルを処刑スタイルで殺害した犯人は誰なのか?

現在と過去の同時進行

 ストーリーは過去と現在が交錯しながら進みます。1972年の過去のパートは主に、事件の捜査を担当していたジムの視点で展開していきます。当時四十七歳だった保安官補のジムは若年性アルツハイマー病にかかっていて、認知機能に障害があることを自覚しながらも周囲にそれを隠して生活しているという設定。なるほど、”信用できない語り手”に叙述させる手法をここに持ってくるとは面白くなりそうな予感。ひょっとしたらジム自身も容疑者になり得るわけですから。
 ところが残念なことに、この若年性アルツハイマー病が事件そのものに大きく絡んで話を動かすようなことはありませんでした。ただひたすら、いかにジムが日常生活で様々なことを忘れてしまっているかが繰りかえし描かれるだけ。もうジムのいらだちや苦しみは充分わかりました。だから事件のほうを進めてくれ、と思うのですが、これがなかなか進みません。一方、現代のパートも過去とほぼシンクロしているので必然的に膠着状態に。さらに、ジェスとデッカーが関係者にインタビューをするシーンがあると、そのあとに録音した内容をポッドキャスト用に編集する作業が描かれるのですが、実質的には同じ情報を垂れ流しているだけで進展はなく、非常にフラストレーションがたまります。

話題作という期待も……、まさかの脱落危機!

 そんなわけで、全445ページの200ページあたりから読むのが苦痛になってきます。なんとか留まっていられたのは、とりあえず犯人が誰なのか知るまではやめるわけにはいかないという意地がかろうじてあったからでした。しかしその意地をも崩壊させんとする流れが……。
 後半、数人いた容疑者の中からいかにもといった典型的悪人に焦点が当てられ、そこからはその悪人視点でストーリーが展開し、犯人だということがわかってしまいます。この時点でついにフーダニットを追求する楽しみすら奪われることに。

ラストは迷走

 ジェスたちもその人物が犯人だと確信し、現在の保安官の協力を得てなんとか立件しようとしますが、その間に被害者カップルの遺族はその犯人とおぼしき人物に密かに私刑【リンチ】を加えて殺害してしまいます。それを知らないジェスは遺族に向かって、あなたがたの苦しみに終止符を打つためにも犯人を法で裁いてやりたいと宣言しますが遺族は、被害者が生き返らない限り自分たちの苦しみは永遠に続くのだからもういいの、あなたは手を引いてちょうだい、と言ってジェスにハグします。え、この話そこが着地点? キンドルの画面をタッチしてもそこから先はなかったのでどうやらこれがエンディングのようでした。

 あっけにとられた気持ちを引きずりながらアマゾンやgoodreadsのレビューをチェックしてみますと、レビューの全体数が多いゆえにネガティブな反応も結構あり、そのほとんどは私の気持ちを代弁していました。やはり繰りかえしの多さに読むのがきつかった、離脱した、という声が多く、なかには百ページは削れるだろ、百五十はムダ、といった意見も。あと、私はさほど気になりませんでしたが、主人公のジェスにいらいらする読者も結構多いようです。総合的に見ると、残念ながら読者を選ぶタイプの作品かもしれません。

 なお本書の続編『Blood Red Summer』はジェス・キーラー・シリーズの第二弾として2024年5月に刊行予定となっています。