び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第15回 マット・ウェソロウスキ その1

 今回ご紹介するマット・ウェソロウスキさんは2020年のCWA賞スチールダガー賞のロングリストに選出された『Beast』の著者でもあり、その実力は高く評価されています。

 

2022年は短編賞にノミネートされていましたが、先日(5月13日)最終候補の発表があり、残念ながら落選してしまったようです。元々はホラー畑の作家で、デビュー作の『Six Srories』シリーズにもそのホラーテイストがうまくブレンドされています。ではさっそく、彼のデビュー作にしてシリーズの第一作目である『Six Stories』をご紹介しましょう。

 

 

【あらすじ】

 絶大な人気を誇るポッドキャスト『シックス・ストーリーズ』。それは、ホストのスコット・キングが過去の事件を取り上げて再検証していくというオーディオ・コンテンツで、一つのテーマについて六回構成で配信されている。

  今回スコットが取り上げたのは1996年8月、〈レンジャーズ〉というアウトトア同好会がスカークロウ山に遊びに来たとき、メンバーのひとりである十五歳のトム・ジェフェリーズが失踪し、一年後に山の泥地で死体となって発見された事件だ。

 スコットはまず死体の発見者である、スカークロウ山の地主の息子のハリー・ラムゼイに話を訊く。当時二十一歳だったハリーはトムが失踪した一年後に友人と一緒にスカークロウ山に狩りに行ったとき、泥地に半分埋まっているトムの腐乱死体を見つけたのだった。

 そのあとスコットは〈レンジャーズ〉の引率者で現在六十二歳になるデレク・バイカーズを皮切りに、事件の関係者にインタビューをしていく。すると、当時十代半ばの少年少女たちで構成されていた〈レンジャーズ〉内の複雑な人間関係や、地元民との間に起こった揉め事などが明らかになってくる。さらには、スカークロウ山の泥地に棲んでいると言い伝えられているナナ・ラックという魔女の怪談がこの事件に不気味な影を落とす。

 そして配信の最終回の第六回目、ホストのスコットは衝撃的な事実を発表する。果たしてトムの死は単なる事故死なのか。それとも〈レンジャーズ〉のメンバーのなかの誰かによる犯行なのか? ナナ・ラックという魔女は実在するのか?

ポッドキャストについて

 あまり日本ではなじみのないポッドキャストですが、欧米ではYouTubeと並んで非常に人気があるようです。要するに、YouTubeのオーディオ版ですね。本書ではスコット・キングというホストが『シックス・ストーリーズ』という番組を配信していく、というストーリーになっていますが、そのベースとなっているのは実際に存在するポッドキャスト「Serial」です。

About - Serial (serialpodcast.org)

「Serial」は、サラ・ケニーグという元報道記者による犯罪調査番組で、その徹底した取材・調査による確かな情報量と、それに基づいてつくられるストーリーの構成力の高さでで絶大な人気を誇っています。ゆえに影響力も大きく、実際、ある事件は番組が取り上げて再検証したことで有罪判決が覆り、再審の道が開かれたりもしています。

 ただ、本書が「Serial」と違うのは、ホストのスコット・キングが番組の目的を、真実を探って正義をなそうとするものではない、と言い切り、あくまでリスナーに問題提起をするのが自分の役目であって、そのあとは皆さんで考えてほしい、というスタンスを取っている点です。ゆえに匿名性を貫き、その姿も本名も公けにしていません。

インタビューだけで話を進行させるという斬新さ

 まず本書を読んで驚くのは、話の進め方です。ストーリーの主軸はほとんどスコットによる事件関係者へのインタビューで占められ、登場人物の誰かに著者が肩入れするとか誰かの視点に寄り添うことは一切なく、完全な客観性が保たれています。本をぱらぱらとめくっただけでもわかりますが、まるでインタビューのテープを文字起こししただけといった感じ。ノンフィクション物といっても差し支えないくらいです。

 こう説明すると冷たいとか、無味乾燥な印象を持たれるかもしれませんが、それが全然違うのです。スコットと事件関係者とのインタビューからダイレクトに伝わってくる彼らの生々しい声には圧倒されます。メインのテーマは〈レンジャーズ〉という思春期の子供たちで構成されたグループ内でのいじめなのですが、それに付随してあまりに多くの問題が浮かびあがってきます。六人の人物がそれぞれに自分に立場から状況を語るわけですから、そこに完璧な正義などあるはずもありません。そのリアルさゆえに、読んでいて胸が潰れそうになったり、理不尽さに腹が立ったりと、読者は激しく心を揺さぶられます。

ストーリーにひねりを加えるオカルト風味

 もうひとつ、忘れてはならないのはこの土地に伝わる伝説、ナナ・ラックという魔女の存在です。思春期の子供たちが見たと口々に言うのは集団ヒステリー的なこともあるのかな、と思いきや、この土地の地主の息子でいい大人のハリーも見たというのですから、俄然謎は深まります。いよいよオカルト方面に着地するのか、と読者をミスリードさせておいて、ラストでは見事にトリックが明かされます。いや、参りました。あれほど臨場感のある会話の中に、実はしっかりと伏線が張られていただなんて。

最後の最後で目がテン展開の大どんでん返し!

 いやはや、これはですね……シリーズの3,4作目ぐらいで、”ちょっとこのところマンネリ気味だから、何か目新しいことやりますか”てな乗りでやるもんでしょう。シリーズ第一作目にこれやりますか? ぶっちゃけちゃいますと、主人公のスコット・キングがスコット・キングじゃなくって、番組が犯人に乗っ取られていたという……ぶったまげなオチになってます。

 ポッドキャストという現代性、ドキュメンタリータッチのリアリズム、デス・メタルが聴こえてきそうなダークな世界観。エッジのきいた雰囲気を作りあげつつも、古典ミステリー・ファンをもうならせる、伏線の回収の見事さ。オープニングとエンディングは地主の息子のハリーの一人称でまとめるという、絶妙な構成。たったの225ページを存分に堪能できました。

 しかし本書が邦訳されて日の目を見ることはないでしょう……。ポッドキャストはなじみが薄いし、2016年の作品ですから新しくもありません。せめて冒頭部だけでも……と思い、試訳をあげてみました。こちらへ↓

        https://eichida.hatenablog.com/

興味を持たれましたら読んでみてください。

 次回は本シリーズ第二作目の『Hydra』をご紹介する予定です。お楽しみに!