び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第35回ミック・ヘロン『窓際のスパイ』シリーズその後①

 2023年あけましておめでとうございます。新年早々それか? と思われそうですが……ツイッターでも度々続編の要望を見かけますし、TVシリーズも好評のようですので、やります。『窓際のスパイ』シリーズ続編、『Spook Street』

 何せ読んだのは数年前だし、当時まとめたレジュメのデータを開けると破損してて文字化けしちゃってるしということで、本棚の奥から引っぱりだして久々に読みました。う~ん、読みにくい! 行間に含蓄込めすぎ。これらの言葉の背景にある歴史的文学的背景の裏を取り、それを訳文に落としこみつつ読みやすい日本語にする、これを成し遂げている訳者様はやはりすごい! 

 では邦訳への期待も込めて、ネタバレしない程度にご紹介しましょう。

【あらすじ】
 年明け早々ロンドン西部のショッピングセンターで自爆テロ事件が発生し、四十二人が死亡。監視カメラによってテロ犯はロバート・ウィンターズという若者だと判明した。
 保安局(MI5)の落ちこぼれエージェント――通称”遅い馬”――の吹きだまりである〈泥沼の家〉もその件で持ちきりになっていた。皆、自分は戦力外だという自覚はありながらも何かしたいという思いに駈られる。
 そんな折、遅い馬の一人であるリヴァーはいつものように祖父を訪ねる。祖父のOBは保安局の元エージェントで伝説的存在となっているが、最近は認知症の症状を見せ始めていたのでリヴァーは心配していた。
 OBの家に行くと、リヴァーに似た若い男の射殺死体があった。侵入者だと思って身の危険を感じたOBが撃ったのだった。その若者は誰に送られて何をしにきたのか、なぜリヴァーと似ているのか。その謎を探るために、リヴァーは死体のポケットに残っていた身分証やカフェのレシートを頼りにフランスへ向かう。そこで知ったのは、自分の出生についての驚愕の事実だった。しかも、そのこととショッピングセンターの自爆テロ事件はやがて一本の線で繋がっていく。その背後に浮かぶ保安局の影。上層部は関与を隠蔽しようと企むが、〈泥沼の家〉のリーダーであるラムにことごとく邪魔される。そんな中、自爆テロから始まった攻撃の次なるターゲットが〈泥沼の家〉に向けられた。迎え撃つ遅い馬たちだったが……。

若干のキャラの入れ替えあり

『窓際のスパイ』『死んだライオン』『放たれた虎』と続いてきたシリーズですが、四作目となる本書では所々でレギュラーキャラの入れ替えが見られています。まず前回『放たれた虎』で失態をさらしてしまった保安局局長のイングリッド・ターニーは更迭となり、新局長にクロード・ウェランという、スキャンダルがないという理由だけで選ばれた可もなく不可もない男が就任します。保安局の管理者である内務大臣のピーター・ジャドも失脚。ラムの女房役だったキャサリンは前回のラストでラムと喧嘩をして〈泥沼の家〉を去り、替わりにモイラという五十代の女性が入ってきます。でもラムとキャサリンはもう熟年夫婦みたいなものなので(笑)、そう簡単には離れないと思いますが。今回も、なんだかんだ言ってキャサリンはしっかりメインプロットに絡んでいます。また、前回リヴァーの返り討ちに遭った内部調査課(通称”犬”)の課長ニック・ダフィに代わって新しく課長になったのはエマ・フリートという、スーパーモデルも顔負けの超美人。しかし役どころはタヴァナーの腰巾着という、ニック・ダフィと何ら変わらず。それから〈泥沼の家〉には新メンバーがやってきます。JK・コー。無口で謎めいた彼に遅い馬たちは好奇心を抱きますが、実は彼は本シリーズの番外編『Nobody Walks』に登場していて、そこでは彼が苦しんでいるPTSDの原因となったエピソードが描かれています。さらにはヘロンさんの初期の作品『Reconstruction』(本ブログ『第10回ミック・ヘロン考察』の回で紹介)にも出て来る元局員のバッドサムことサム・チャップマンも登場。ヘロンさんの作品を通して読んでいる読者ならにやりとするでしょう。

最大の敵は元身内

 このシリーズの特徴は話がどんどんと内向きになっていくところでしょうか。今回は保安局の最大の敵とも言える悪の組織の全貌が明らかになるのですが、それも元をたどれば根っこは同じ。加えて局内の権力闘争も相変わらずで、常に身内でやり合っています。そして、局がひた隠しにしようとする黒い部分をしっかりと掴んで上層部に脅しをかけて自分の影響力を強めていくしたたかなラム。それも自分の私利私欲のためではなく、悲劇に見舞われた部下のために。今回もラストはラム劇場でしっかりと〆てくれます。憎たらしいけど憎めない、やはり唯一無二のキャラですね、ラムは。

シリーズ最高峰(?)のアクション

 シリーズ全作を読んではいないので軽々しくは言えませんが、クライマックスではそう言いたくなるほどの激しいアクションシーンが展開します。泥沼の家は銃弾が飛び交う戦場となり、悲劇も起こります。う~む……。毎回誰かが犠牲になるのがデフォになっていきそう……。

 

 2022年はシリーズ八作目の『Bad Actors』が高評価を得て勢いが再び出てきているようです。次回は五作目の『London Rules』をご紹介します。