び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第12回 ミック・ヘロン考察 その4

『The Last Voice You Hear』(2004)

 本書はゾーイ・ベーム・シリーズの第二作目となります。前作の『Down Cemetery Road』とはまったくカラーが変わり、ミック・ヘロンの振り幅の広さに驚かされます。『窓際のスパイ』と関連する部分は一切ありませんが、孤高の女探偵ゾーイがムードたっぷりに描かれています。

【あらすじ】

 四十三歳の独身女性キャロラインが駅のホームから転落死し、彼女の年下の恋人アラン・タルマッジが直後に姿を消した。不審に思ったキャロラインの上司は、アラン・タルマッジを見つけてくれと私立探偵のゾーイに頼む。

 調査をはじめたゾーイは、ほかにも似たような状況で事故死した独身の中年女性が数人いることを知る。そのころからゾーイも何者かにストーキングされはじめる。自身も被害女性たちと同年代であることから、アラン・タルマッジの次なるターゲットにされたのではと思うゾーイ。

 そんな折、昔引き受けた事件でかかわったことのある少年ウェズが自殺したのを知り、遺族にお悔やみを言いに行くが、その行動のせいでなぜか警官たちに目をつけられ、ついに襲われる。なんとか切りぬけ、親友サラのところへ行ってかくまってもらう。

 主婦だったサラはその後離婚し、今は恋人のラッセルと共に田舎に住んでいた。ゾーイはふたりに危害が及ぶことを恐れて家のなかには入らず、彼らが飼っている二匹のダチョウがいるフェンスの横に建つ小屋で休ませてもらう。

 状況から事情は見えていた。

 1980年代後半、強盗犯のチャールズ・パースリーは裁判で無罪となり、警察は顔に泥を塗られた格好となった。しかし警察は諦めず、その後もチャールズを監視し、隙あらば微罪でも逮捕しようとしていた。しかし家の中まで侵入してきた警官の一人をチャールズは侵入者だと思って発砲し、その警官は死亡。チャールズは正当防衛ということになった。またしてもチャールズに煮え湯を飲まされた警察は、仲間の仇を討つためについにチャールズをリンチして殺した。たまたまそれを目撃してしまった少年ウェズはビルから突き落とされ、自殺として処理された。そして、お悔やみにやってきた探偵のゾーイを、この件に鼻を突っこんでいると勝手に誤解し、襲ったのだ。

 案の定、その悪徳警官らはゾーイを追いかけてきて、サラとラッセルを人質にとる。 

 一方、中年女性に偏執的な愛情を抱く〝アラン・タルマッジ〟なる男もまたゾーイを追ってサラの家まで来ていた。自分はゾーイの騎士なのだという妄想に酔いながら。

 絶体絶命のなか、ゾーイはダチョウのフェンスを開ける。ダチョウの活躍と、〝アラン・タルマッジ〟なる男の陰ながらの援護のおかげで悪徳警官は全滅する。

 その後アラン・タルマッジは消え、ストーキングはやんだ。しかし、いつか必ずつかまえてやる、とゾーイは心に誓った。

ミック・ヘロン上級者向け。素人は下手に読んだら怪我するよ!

(訳:つまらないことこの上なし。時間を無駄にせず、別の本を読むことをお勧めします)

 この作品の褒めどころは、“雰囲気”だけかもしれません。じっとりと漂う重い空気感。細やかな情景描写。何かが起こりそうな緊張感。何かが……何かが……起こりません。起きそうな感じを引きずりつつ、いつまでたっても起きません。ゾーイを狙う男は誰なのか、途中レッドヘリング(ミスリードを誘うキャラ)を登場させたりと謎とき感をあおりつつも、気がつくとメインの話はゾーイVS悪徳警官に移ってしまっていて、肝心のミステリー色が尻すぼみになっています。しかも後半からは、犯人のアラン・タルマッジ視点でもストーリーが進行していき、彼の心情の独白も続いたりするので、何者かわからない、という恐怖が半減してしまっています。

 ゾーイがサラの家に逃げ込んでからは、ハードボイルド・アクション物に早変わり。ゾーイはマクガイバーよろしく、サラに家の庭に建つ道具小屋の中の物を利用して悪徳警官の一人をおびき出し、小屋を爆破。

 そしてラストのおいしいところはダチョウが持っていきます。(つかなんでダチョウ?)つがいを殺されて怒った二匹のうちの一匹のダチョウが悪徳警官の一人の腹をくちばしでグサッとやっちゃいます。

 最後に、サラの家までゾーイをストーキングしてきたアラン・タルマッジが影ながらナイス・アシストをして悪徳警官の残りの一人を殺します。ミッション・コンプリート! 結局アラン・タルマッジはその後姿を消して、何者なのかわからずじまい。いや、なんですかね、このカオス。

 

  次回はゾーイ・ベーム・シリーズの三作目『Why We Die』をお送りします。抱腹絶倒! コメディ色満載! 本書の暗いムードの反動でしょうか。次作ではヘロンさん、弾けてます!