び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第20回 サラ・ヒラリー

 今回は、イギリスのミステリー界の至宝、サラ・ヒラリーさんをご紹介します。マーニー・ローマ警部補シリーズの第一作目である2014年のデビュー作『Someone Else's Skin』はマカヴィティ賞の最終候補に、第二作目の『No Other Darkness』はバリー賞にノミネートされるという超実力派。

 

 

 現在シリーズは第六作目の『Never Be Broken』まで出ていますが、中でもシリーズの最高傑作との呼び声も高い第三作目の『Tastes like Fear』を取りあげたいと思います。

 

 

【あらすじ】

 ロンドン南部のランドマークとしても知られるバタシー発電所の付近で車の衝突事故が発生した。急に道に飛び出してきて事故の原因を作った少女は現場から姿を消すが、そのあと同じ界隈で、少女の死体が次々と発見される。同じ頃、マーニー・ローマ警部補率いる捜査班は、三か月前に行方不明になったメイ・ベスウィックという十六歳の少女を捜索中だったこともあり、事故現場から消えた少女はメイかもしれないという期待を抱きながら捜査を重ねていく。

 しかし、そんな期待も虚しく、メイの死体がバタシー発電所で見つかった。身体を清潔にされてブロンドの髪もきれいに梳かされた状態だったことから犯人は死者の尊厳を守り、性の対象としては見ていないことがうかがえる。だが彼女は妊娠七週目だった。

 さらに付近でまた別の少女の死体が発見されるが、こちらはゴミ箱に遺棄されていて、死者への尊厳などみじんもない。捜査班は過去に遡って未成年の失踪者を洗い出し、共通点を探っていく。そうして浮かび上がってきたのは、家出少女を集めて奇妙な共同生活を送る男の存在だった……。

ミステリー好きを唸らせる、非の打ちどころのない作品!

 未成年の家出をテーマにした本作は緻密なプロットと、“動”より“静”で演出された恐怖、そして現代のイギリスが抱える社会問題が融合した見事な作品といえるでしょう。サラ・ヒラリーさんの筆致には、どこか東洋的なもの思わせる何かがあります。一般的に昨今の欧米のミステリー(特に北欧系など)にはグロテスクさ、猟奇性を全面に押しだしたものが多いなか、本書にはそういった描写はないにもかかわらず、読んでいくと肌が粟立つような冷気を感じてきます。

 家出をした少女たちが次々と死体で発見され、ある男の存在が浮かびあがってきますが、それは単なる小児性愛者の犯行ではありません。そこに潜むのはもっと恐ろしい、おぞましい支配欲です。

 一方、家出をした子供たち側の視点も興味深く描かれています。作中でマーニー警部補は被害者ベスの妹のロズから話を訊こうとしますが、思春期特有の刃物のように鋭い純粋さに圧倒され、彼女の心を開くのに苦心します。子供たちは決して親に虐待されたとかネグレクトとか、そういったわかりやすい理由があって家出しているわけではありません。このベスのように、中流家庭の両親のもとで何一つ不自由のない暮らしをしているように見えても家の中に居場所を見つけられずに家を出て行く子供もいるのです。しかし、ここでも見え隠れするのは親の”支配”です。このときふと頭をよぎったのは、日本でも似たようなことが起きている、ということでした。

トー横キッズとの類似性

 トー横キッズとは、歌舞伎町新宿東宝ビル周辺に集まる、行き場所のない子供たちのことを指すようです。最近はここに来る少女を食い物にしていた大人が逮捕されたことで注目が集まっていますが、以前からここは悪い大人の狩り場になっていました。本書でも子供たちは、今は使われていない地下鉄の線路にたむろしていて、犯人は共犯者に命じてそこから子供を言葉巧みに釣りあげていました。ベスもその毒牙にかかり、エリックという少年と一緒に逃げようとしていましたが、逃げきれずに殺されてしまいます。なお、トー横では少し前に18歳の少年と14歳の少女が歌舞伎町のホテルから飛び降り自殺をするという事件が起きています。どこの国でも、しわ寄せは弱き者へといってしまうのです。

イギリスが抱える社会問題

 子供たちが犯罪の犠牲者になってしまう要因の一環としてヒラリーさんは、再開発の裏で置き去りにされている荒廃した地区の現状を絡めています。古い団地は麻薬売買の取り引き場所に使われ、子供たちが見張り役に駆り出されている描写もあります。また、ベスの死体を発見した帰還兵が容疑者扱いされるシーンもあります。彼はイラクから帰還したあとPTSDをわずらい、社会に行き場をなくしていました。帰還兵がアルコールや薬物依存症になっているのもイギリス社会問題の一つになっているようで、こういった現実に存在する問題がストーリーに奥深さを与えています。

シリーズの概要

 さて、本シリーズのもうひとつの見所は、マーニー警部補の宿敵ともいえる義理の弟のスティーヴンとの緊迫する関係でしょう。スティーヴンは八歳のときにマーニーの両親に里子として引きとられ、それ以来マーニーに異常な関心を寄せ、執着し、十五歳のときに里親であるマーニーの両親を惨殺します。その後少年更生施設に収容されますが、そこで同じく収容されている少年少女を支配して、誰が何を知っているかを完全に把握するのです。マーニーが今回扱っているのは子供を相手にした事件ということで、情報を喉から手が出るほどほしかった彼女は、スティーヴンに接見して家出少女の事情に詳しい収容者を彼から教えてもらいます。その様子はさながら『羊たちの沈黙』のクラリスハンニバルのよう。

 

(もっとも、スティーヴンはこの時点で若干19歳、マーニーは33歳ですが)シリーズを重ねながら二人の関係も緊迫の度合いを増していき、いずれは全面対決となるのでしょう。その行く末にも目が離せません。

 

 主人公マーニーの脇を固めるのは、彼女の信頼が厚い部下の部長刑事でイケメンの黒人ノア、彼の恋人のダン、マーニーのよき理解者で癌を患っている上司のティム、マーニーの恋人で犯罪被害者カウンセラーのエドといった面々。ドラマ化権は売れているとのことなので、そのうちBBCで放映、なんてことになるかも?! とにかく、目の肥えたミステリーファンにも胸を張ってお勧めできる一冊です。