び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第58回 ダニエル・スウェレン・ベッカー

今回ご紹介するのは、十月三日に発行されたばかりの新作! ドキュメンタリー形式で綴られた実録犯罪タッチの作品『Kill Show』です。

【あらすじ】
 十年前、メリーランド州フレデリック郡の郊外で十六歳の少女サラ・パーセルが行方不明になった。生死の境目と言われる四十八時間を過ぎても見つからないことから両親は半狂乱になる。それに目をつけたのがリアリティーショーのプロデューサー、ケイシー・ホーンソンだった。野心に燃えるケイシーは、一家の密着取材をしたいと両親に持ちかける。情報収集の一助になればと両親は撮影を承諾する。しかし番組は証拠もないままパーセル家の隣人を仮想犯人に仕立てあげたり、サラの父親に疑いを向けたりと意図的に視聴者を煽る演出をして新たな悲劇を生みだしていく。果たして全米を巻き込んだ犯罪リアリティーショーの狂想曲の行きつく先は?

わたくしの不徳の致すところ

 え~、本書『Kill Show』のレビューにつきましてはあくまで個人の感想ということで、そもそも本書を選んだ自己責任に端を発するものであります。いやいやこれはホントに選んだ自分が悪い!
 ちょっとこのところ慎重になり、発売直後の本はしばらくレビューの動向を見てから、という待ちの態勢に入りすぎ、ネガティブなレビューを見つけると二の足を踏んでしまっていました。そのせいでレジュメを作っても後手後手に回ることが多く、これではいけないと奮起。私のテイストとはちょっとちがう書評サイトのお勧めでしたが、紹介文に煽られて思い切ってこの新作をポチりました。発売前に配布されたものを読んだgoodreadsの読者のレビューも上々だったので期待していたのですが……結果は惨敗。正直、ここまでの作品だとは思ってもみませんでした。

これ、小説ですか?

 第一に、これは”物語”の様相を呈してはいません。話が構成されていないのです。作家が話を書く前の作業として、大まかなプロットを練ってエピソードを時系列順に並べたメモ書き、といった印象です。最初から最後までただただ、誰が何をした、何を言った、といったことが短い文で書かれているだけ。確かに本書は”実録犯罪もの”と称して全編インタビューでまとめられています。だからドラマチックな盛り上がりに欠けるのは仕方ない? いえいえ、そんなことはありません。例えば本ブログの第15回と第16回で紹介したマット・ウェソロウスキさんのシックス・ストーリーズ・シリーズは同じようににインタビュー形式が取られていましたが、クリーピーなスリルとサスペンスに満ちた素晴らしいドラマに仕上がっていました。そしてインタビュー形式だからこそ、まるで実在の人物がしゃべったことをそのまま文字起こししたかのような生々しい”個”が浮き彫りになり、その声を聞く(読む)読者の心をえぐりました。
 勿論比べるものではありませんが、本書の登場人物には個がありません。ただ表層的に人物設定がなされているだけ。唯一、リアリティーショーのプロデューサー、ケイシーだけは個らしきものが与えられています。都会からやってきたやり手のプロデューサーで、視聴率を取るためには何だってする野心家という設定――のはずが、サラの事件を取材すべくその町にやってきたときバーでいい男と出会い、ちらと結婚を考えたりする。もうアラサーだし、子供ほしいし……。と。え? ちょっとキャラぶれてません? バーで会った男フェリックスは行方不明になったサラの事件の担当刑事だったが、そうとは知らずにケイシーはその晩一夜を共にし、その後も自分が番組プロデューサーだとは言い出せないまま彼とデートを重ねる、ってなんだこりゃ? むしろ担当刑事だとわかって近づいたほうが野心家キャラに合致するのでは? 結婚願望とか急にぶっこんできて、刑事とのおうちデートでポルトガル料理作ってもらったとか、いや、そういう情報いらねーんだわ!

 他の登場人物――二十四人は全員インタビュー対象者ですが、無駄な人物の無駄な発言が半分以上を占めています。ポップカルチャーの評論家とか、陰謀論を唱える怪しい政治団体のリーダーとか。
 事件自体はその後急展開を迎えますが、話作りがなっていないうえにキャラクターに個がないため、上滑りにただ進んでいくだけ。緊張感のきの字もありません。ネタばらしをしますと、これはサラの父親が借金の返済とサラの音楽学院の授業料を捻出するために計画した狂言で、番組から出演料をもらったら頃合いを見てサラが誘拐犯から解放されたというていで出てくることになっていました。まあ、ネタばらしと言っても途中で父親自身がこの計画を暴露しちゃっているので、ますますもってサスペンス感が削がれています。その他、細部に至ってはツッコミどころ満載なのですが、この辺にしておきましょう。

なぜ高評価?

 物語形式になっておらず、ほとんど箇条書きといっていいぐらい一文が短く言葉も平易なので、頭を使わずに流し読みできて、すぐに読み終えられる、そういった点が好評を博しているようです。確かにこういった本も需要があるのは間違いありません。


 しかし! 高評価のレビューが多いなかで、いらっしゃいました! わたしとまったく同じ感想を述べているかたが。
easy to read,easy to write.つまり書くほうも読むほうも楽をしている作品、というわけですね。
This is an especially shitty example.こういったインタビュー形式の最悪の見本
paper-thin character キャラクターは薄っぺら
I'm surprised I even managed to finish this.読み終えられた自分に驚き
The book is really very boring.めちゃくちゃつまらない
I fell for the promo.My mistake.宣伝につられて買ってしまった自分のミス
He said, she said, they all said,who cares! あいつがこう言った、こいつがああ言った、どーでもええわ!←それな!
 でも皆さん謙虚です、文末にI'm an outlier(皆がいいというものに乗れないんです)とかminor(私は少数派です)なんて書いてますから。
 わずかとはいえ同志がいたことに、ワタクシの心も少しばかり慰められました。ああ、次こそは面白いものが読みたい……