び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第28回 アグネス・ラヴァトン その2

 2016年、『The Bird Tribunal』でイギリスのミステリー界において鮮烈なデビューを飾ったアグネス・ラヴァトンさん。当然二作目への期待も高まります。そして2020年、満を持して発表されたのが本書『The Seven Doors』です。2021年度のCWA賞翻訳賞の最終候補にも選出されました。どんな作品なのでしょうか。

【あらすじ】
 大学の人文学部の教授であるニーナは六十一歳。高名な医者で衛生局の長でもある夫のマスと暮らしているが、ある日、市の区画整理によって現在住んでいる家から立ち退きを迫られる。そこで、亡くなった伯母から譲り受けた一軒家が引っ越し先の候補として浮上した。その家は貸し出されていて、今はマリ・ニールセンというシングルマザーが借りている。ニーナは娘のインゲボルグをともなってその家を訪ね、申し訳ないが家を明け渡してほしい旨をマリに伝える。
 その数日後にマリは行方不明となり、水死体となって岸に打ちあげられているところを発見される。自殺と見られていた。ニーナは、自分たちが立ち退きをせまったためではないかと罪の意識にかられたが、マリは行方不明になる直前に賃貸契約を解約して引っ越していた。しかし地下室に、運び忘れたらしいマリの荷物が残っていた。そこに入っていた日記や書類をもとに、ニーナはマリの死を独自に調査しはじめるが……。

すべてが不発に終わった花火

 今回アグネスさんは一人称に近い三人称視点で、かなり主人公のニーナに寄り添うかたちでストーリーを進行させます。この、無駄に寄り添ってしまったことが、しけた花火のごとくすべてを不発にしてしまいました。このストーリーはむしろニーナをうんと突き放して描くところに面白さがあったはずです。そうすれば彼女の近視眼的浅はかさや、作中に挟まれる『青ひげ』という民話との関連性がうまくはまって、ラストのアイロニーへと繋がったことでしょう。ですが、これらがすべてずれたせいでせっかくの『青ひげ』も生かされず、空振りに終わってしまいました。

『青ひげ』ってどんな話?

 あるところに、その風貌から「青ひげ」と呼ばれている金持ちの男がいた。青ひげはこれまで六回結婚しながら、その妻たちはことごとく行方不明になっていた。そして今度七回目の結婚をした。あるとき青ひげはしばらくの間家を空けることになったため新妻に鍵束を渡し、「どこにでも入っていいが、この鍵束の中の小さな鍵の小部屋にだけは絶対に入ってはいけない」と言いつけて外出していった。しかし新妻は好奇心の誘惑に負け、「小さな鍵の小部屋」を開けてしまい、小部屋の中に青ひげの先妻たちの死体を見つけてしまう。新妻は驚いて小さな鍵を血だまりに落とす。すぐに拾い上げたものの、その血は拭いても洗っても落とすことができなかった。外出から戻った青ひげは血の付いた小さな鍵を見て新妻が何をしたかを悟り、新妻を殺そうとする――。

 

 この話に込められた教訓は「好奇心はときに身を滅ぼす」です。これが、誰に頼まれてもいないのに勝手に好奇心からマリの死の調査を始めたニーナにカチッとはまればもう少しストーリーにまとまりも出たと思うのですが、いかんせん、そこまでいかなかったようで……。ただただニーナのトンデモ推理に読者は振り回されっぱなしでした。

ニーナのトンデモ推理

その1 マリの前夫ニクラスは交響楽団の指揮者だが、今度『青ひげ』のオペレッタをやるというのでニーナは、妻たちを殺した青ひげにニクラスを重ねあわせ、マリを殺したのはニクラスだと考えて警察に行ってその推理を伝える。警察も真面目にその話に耳を傾ける。(え?まじ?それって一般人のただの空想ですよね。証拠ないですよね)

その2 マリが残していた荷物の中の日記を深読みして父親との近親相姦を疑い、父親が犯人だと思い込む。(レッドヘリングとして、というアグネスさんの狙いはわかりますが、ちょっと無理矢理感が……)

その3 犯人は医者だろうと目星をつけていたとき、夫のマスから、彼の弟で医者のジョーがマリと深い仲になっていたと聞いてジョーが本命だと確信する。(って、真犯人に気づけよもう。医者はもう一人いるだろーが)

 

 そもそも医者が犯人だろうとニーナが目星をつけたのには理由がありました。それは、マリが生前に転移性恋愛についてのフロイトの論文を翻訳したいと出版社に持ち込んでいたことを知ったからでした。さらに当時マリはがん治を療受けていて、同じ頃夫のニクラスと離婚をして私生児を産んでいます。そういった事実から、ニーナはマリが担当医と恋に落ちたのだろうと推理したのです。

転移性恋愛とは

 転移性恋愛とは、患者が医者に恋愛感情を抱く現象を指すフロイトの用語です。しかしここでも違和感が。マリは離婚してまでその医者との恋愛に走り、子供をもうけ、最後は別れを切りだす医者に納得せず大騒ぎを起こしそうになったために殺されてしまいます。それほど恋愛にのめりこんでいる女性が自分の感情を『転移性恋愛』なる疑似恋愛だと冷静にとらえ、それに関する論文を翻訳したいと思うでしょうか。どうも犯人は医者だという方向へ持っていくためのゴリ押しにしか思えません。

予想を裏切ってくれという期待も虚しく

 まあ、ほとんど最初から犯人わかっちゃうんですけど、まさかそんなことないよね、と予想が裏切られることを期待しながら読みすすめていきますが、残念ながら裏切られることはなく、全236ページがすごく長く、退屈に感じられてしまいました。前作が飛び抜けてよかっただけに、ちょっと残念でした。

 

 さて次回は、普段読まないタイプの本に敢えて手をだしてみて、あえなく大撃沈!

やはり慣れないことはするもんではありませんね。そんな教訓を得た一作をご紹介する予定です。