び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第29回 クレア・ダグラス

 今回ご紹介するのはサンデータイムズのベストセラー『The Couple at No.9』クレア・ダグラス著です。

  前にも述べたと思いますが基本的にベストセラーには興味がありません。大勢の人々が何を好んでいようと、自分は自分の好きな本を読むだけ――そんなスタンスでやってきましたが、翻訳業に関わるようになってそうも言っていられなくなり、さすがに売れてる本もチェックしとかなきゃなんないかなーなどという気になりまして、サンデータイムズのベストセラーだという本書をポチりました。アマゾンの評価は三万六千個を越えていることからも、とてつもなく売れている本だとわかります。なのに邦訳されていないのはなぜなのだろう……薄々ヤバさに気づきつつページをめくります。そして……。

 はい、間違えました。ジャンルを。本書はこのブログで語る系のものではありませんでした。でもせっかく読んだので一応あらすじをご説明しておきましょう。

【あらすじ】

 妊娠中のサフィは、夫とともにコッツウォルドののどかな田舎町、スケルトン・プレイス九番地に建つコテージに住んでいた。その所有者は母親のローナだが、彼女は年下の恋人とスペインに住んでいる。

 サフィはコテージの改装をしたり、業者を呼んで庭の手入れをしてもらったりしながら日々を過ごしていたが、ある日庭師が裏庭に埋められていた白骨死体を発見する。検死の結果、それはかなり古いものだとわかり、警察は以前そのコテージに住んでいたサフィの祖母のローズと話をして情報を得ようするが、認知症のローズはシェイラとヴィクターという名前を口にしただけで、それ以上は何も話さなかった。

 事情を知った母親のローナはスペインから帰国してこの事件を調べ始めるが、ディヴィスと名乗る私立探偵に襲われ、何か見つけたら教えろと脅される。

 一方、ヴィクターという名の引退した医師を父に持つテオはある日、一人暮らしをしている父親の家から新聞の切り抜きを見つける。それはコッツウォルドのコテージの裏庭から白骨死体が発見されたという記事だった。そして、コテージの前所有者であるローズの名前が赤いペンで丸く囲まれていた。父はなぜローズの名前を赤で囲んだのか? 父に聞いてもはぐらかされたため、テオはスケルトン・プレイス九番地に建つコテージを訪ねるが……。

間違いというきっかけからクレア・ダグラスさんの偉大さを知る

 間違いから読んでしまった本書ですが、私なりに感じたことを述べたいと思います。まずこういった作品のジャンルを何と呼べばいいのでしょう。”なんちゃってミステリー”だとディスっているようにも聞こえかねないので、コージー風味な響きをまねて”イージーミステリー”とでも言っておきましょうか。これだけ売れていることを考えると、このジャンルは無視できない巨大なマーケットだとわかります。さらに、ダグラスさんがかなりクレバーなビジネスパーソンだということも。

売れ線のフォーミュラを独自に開発

 おそらくダグラスさんはある種の読者層のニーズを研究し、自分なりのフォーミュラ(ひな型)を生みだしたのでしょう。そして最大公約数的な作品を作りあげることに成功しました。

 ある種の読者層――それは本格的なミステリーを読んだ気になりたいけれど、複雑怪奇な展開に頭を悩まされたくはない、猟奇的、あるいは凄惨なシーンには遭遇したくない、さっと読んで満足感を得たい層です。本書がこれだけ多くの人々に支持されているところを見ると、この層は非常に厚いのでしょう。そういった読者のために本書では様々な気遣いがなされています。

気遣いその1 ストーリーを激しく動かさない

 あっと言わせる急展開、ひねり、どんでん返し――そういったものは極力避けられ、スムーズに安心して読める配慮がなされています。predictable(先が読める)という言葉は本来ならネガティブな意味で使われがちですが、本書に限ってはこのpredictableがポジティブなキーポイントになっています。ダグラスさんは決して読者を驚かせません。衝撃的な事実が明かされる前には必ず匂わせをします。それによって読者は先を読むことができて、その後の予想通りの展開に安堵感を味わうことができます。そういった積み重ねによってさくさくとページをめくっていくことができます。意味合いはちがいますが、これもある種のページターナーと言えるでしょう。

 本書においては、ただただ流れるように出来事が描写され、主人公クラスのサフィも母親のローナもこれと言って大きな行動をすることなく話は終わります。ローナは一瞬私立探偵に襲われたりもしますが、そこにも暴力的な描写は特になく、そのあと警察に知らせて探偵は逮捕されるというセーフティな展開。殺人のシーンも生々しい描写は一切なし。しかし、悲しみとか罪の意識とかを前面に押しだすことで、殺人という行為を矮小化させない工夫はきちんとされています。

気遣いその2 過度なキャラ付けをしない

 この層の読者は濃すぎるキャラや感情のぶつかり合いなど求めてはいません。ゆえにキャラクターはほぼほぼ記号に近いステレオタイプに抑えられています。サフィ、内気。ローナ、社交的。祖母、認知症(時々フレキシブルに記憶が戻る)。ヴィクター、支配的。テオ、繊細。これも受けとめる読者の心理的負担を最小限にしようというダグラスさんの配慮だと思われます。作中では一瞬サフィが好き勝手な行動をする母親のローナに不満を爆発させる場面がありますが、それは妊娠によるホルモンのせいだということで瞬時に収束。祖母のローズの過去における恋愛のいざこざも、原因は相手を嫉妬させたくてわざと別の人といちゃついたという可愛らしいもの。ドロドロな描写は一切なしです。

重厚な話を読んだような満足感

 現在の出来事と平行して語られる過去の話には同性愛や、ある産婦人科医の男性が自分の精子を使って不妊治療を施していた事実や、前科のある女性が過去を消すために別の人間になりすましていた、といったシリアスな問題がいくつも盛りこまれています。ゆえに読後はなんだか非常に重い話を読んだような満足感が得られます。

 今は、”大人も読めるYA”などというカテゴリーも広まりつつあるようです。構成がしっかりしていて、わかりやすいストーリー。イージーミステリー”の市場は今後も拡大していく可能性を秘めているのではないでしょうか。

 

 さて、次回はオーストラリア発のミステリーをご紹介しようかなと思っております。最近なんだかオーストラリアづいています。

 オーストラリアの波、きてるかも。