び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第23回 アマンダ・ジェニングズ その2

 前回に引き続き、アマンダ・ジェニングズさんの作品をお送りいたします。

 

 これはもう隠れた名作と言っていいでしょう。まさにミステリーとヒューマンドラマの融合! クライマックスではハンカチ用意ですよ、皆さん。と煽ったところでさっそく内容をご説明いたしましょう。

【あらすじ】

 二十八歳のベラ・キャンベルは、両親に異常とも思えるほど過保護に育てられた。それは、一種の監獄にも等しかった。

 成人して年上の男性のデイヴィッドと結婚したが、そこでも常に庇護される立場にいる自分に疑問を感じていた。そんなある日母が病死し、数日後に父が母の後を追うように自殺する。遺書には、ベラは本当の娘ではなく、実の両親はトレメイン夫妻だと記されていて、それと一緒にトレメイン家の次女のモーヴェロンが失踪したという二十五年前の事件の記事が同封されていた。

 事実を確かめるためにベラはひとりで旅に出る。心のどこかで自分と血の繋がりを持つ本当の家族に歓迎されることを期待して――。だが、トレメイン家の人々は事件のトラウマに今もなお苦しみ続けていた。母親のアリスは娘が行方不明になって以来精神を病み、生ける屍状態になっていた。壁に貼ったモーヴェロンの写真や当時の新聞記事を日がな一日見つめているだけで何もできず、介護はすべてモーヴェロンの姉のドーンがやっていた。ベラは自分が帰ってきたことを実母のアリスにわかってほしかったが、声をかけても目の焦点は定まらず、無駄だった。

 ドーンも、死んだと思っていた妹の突然の出現に当惑していた。妹が行方不明になり、母が病み、DV男でアル中の父が家出して以来、ドーンはすべてを犠牲にして家のことをやってきたのだ。大学進学も恋愛も諦め、苦しい家計のなかでひたすら介護をしてきた彼女にとって、裕福な家で育ち、大学にも行って、何ひとつ不自由のない暮らしを送ってきたベラ=モーヴェロンは憎しみの対象となっていった。ゆえに介護を手伝いたいと申しでるベラをなかなか受け入れられないでいた。しかし、毎日のようにやってくるベラに少しづつ介護をまかせると、やがて母親の様子に変化が表れ始めた。目に光りが戻ってきたのだ。よろこぶベラ。しかしドーンの心中は複雑だった。今まで自分が世話をしてきてもまったく変わらなかった母が、ベラが来たことで正気を取り戻しつつある。だったら自分が今まですべてを犠牲にしてやってきたことはなんだったのか? 

 いっぽうベラは、常に攻撃的で怒っているドーンが理解できなかった。ある日、ついに姉妹は全面衝突するが、本音のぶつかり合いは結果的に二人の溝を埋めていった。そんな折、二十五年前に誘拐された幼女が生きていた! という事実を嗅ぎつけたマスコミがトレメイン家に殺到し、その騒ぎのせいで母親のアリスにまた当時のトラウマがよみがえる。一家に再び幸せは訪れるのか。ベラを誘拐したキャンベル夫妻の事情とは?

二十五年の溝から見えてくる格差問題

 本書は二十五年ぶりの姉妹の再会から崩壊した家族の再構築までを描いていますが、そこに至るまでに姉妹はすれ違いやぶつかり合いを繰りかえします。特に中盤の激しい口論では二人の本音が大爆発。互いに自分のほうが不幸だと、不幸のマウントの取り合いになります。ベラは四歳のときに誘拐されて(本人の記憶にはないが)オックスフォードシャーで育てられ、他人との交流は許されず、自由はまったくない環境で育てられたので、大人になった今でも大勢の人がいる場所や、電車に乗るとパニック発作を起こしてしまいます。片や姉のドーンはコーンウォールの田舎育ちで、妹の失踪はおまえのせいだとアル中の父に責められて罪の意識を背負いながら精神を病んだ母の介護に明け暮れ、自分の人生を犠牲にしてきました。この大喧嘩のシーンは、姉妹の”個”の衝突のように見せながらも実は、都会と地方という地域格差、所得格差、教育格差といったさまざまな問題を浮き彫りにしています。

ヤングケアラーについて

日本でも昨今社会問題として認知されつつあるヤングケアラーとは、本来大人が負うべき責任を背負って家族の介護を行い、自分の心身の健康や学業を犠牲にしている十八歳未満の子供を指します。ドーンはまさしくこのヤングケアラーに当てはまり、幼いころから己を犠牲にして母親の介護をしてきました。そんな自分を肯定するためには、そこに自分の存在意義を置くしかありませんでした。しかしベラがやってきて母親が快方に向かうと、自分の存在意義が失われていくような恐怖を感じてベラにつらく当たってしまいます。彼女の気持ちも理解できるがゆえに読んでいて非常に切なくなってしまいます。

涙腺崩壊ポイント

 そんなドーンもやがて自分の中にある妹への愛情を認め、変化を受け入れてどんどんと前向きになっていきます。そしてなんといっても泣きどころは、母親のアリスが正気に返るシーン! 二十五年前は娘のモーヴェロンが行方不明となって死亡扱いされ、遺体がないまま葬式まで執り行われてもアリスだけは、”あの子は生きている!”と泣き叫びました。そのモーヴェロンが本当に生きて戻ってきたことを認知できたとき、母親としてどれほどの喜びに包まれたことか! そして歓喜する姉妹! つらい思いを乗りこえてきた人たちには幸せになってほしい、と心から思える感動シーンです。ああ、本当に本書は大勢の人たちに読んでいただきたい。訳したいなあ……。

 泣きどころはまだまだあります。いなくなった妹に向けてドーンが密かに書きためていた手紙の存在をベラが知るシーン、ドーンが諦めざるを得なかった恋、未成年で誰にも相談できずに出産してしまい、赤ん坊を児童福祉課の職員に取りあげられて泣き叫ぶシーン、野良猫ちゃんがひどい怪我をして傷口にウジがたかってしまうシーンとか。ちなみに猫ちゃんは最後に幸せになります!

ミステリー要素

 キャンベル夫妻に誘拐されたモーヴェロンはベラとして育てられましたが、両親の死後に遺産の整理をする過程でおそろしい事実を知っていきます。実父のマークとキャンベル夫妻の関係、キャンベル夫妻には本当にベラという娘がいたこと、等々。この辺がミステリー要素と言えるでしょう。ラストには真相が明かされますが、ややぞくっとした終わり方はミステリーというよりややオカルトが入ってます。コーンウォールの海岸という舞台もスピリチュアルな雰囲気満載で、ミステアスなムードを盛り上げるのに一役買っています。美しい場所は悲しみや不幸をも引きたたせてしまうものなのですね。

 

 いかがでしたか? 興味を持たれた方はぜひ読んでみてください!