び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

 第1回 ニコラス・ペトリ その1


 ミステリー・アクション系の界隈には第二のジャック・リーチャーと称されるキャラクターがわんさといますが、作者のリー・チャイルドをもってしてこいつは本物だ、と言わしめるのが、ニコラス・ペトリが生みだしたピーター・アッシュです。このピーター・アッシュ・シリーズの第一作目は邦訳されています。

 

 裏表紙には〝高い評価を受けた新鋭が放つ大型シリーズ開幕〟とありますが、どうやら開幕してすぐ閉幕してしまった模様。シリーズ再開を願って未邦訳の続編について語りたいと思います。

その前に 

 主人公のピーター・アッシュをざっと説明しておきましょう。元海兵隊中尉、三十歳。除隊後はPTSDに苦しんでいます。屋内にいると頭の中に白い粒子が飛び、息ができなくなって一種のパニック発作を起こすのです。ピーターはその症状をホワイト・ノイズと呼んでいます。
 どんなに戦闘スキルが高くてもこんなハンデを抱えていては悪人と戦うとき圧倒的に不利になるはず、なのですが……。狭い所に閉じ込められて身体に極限まで負荷がかかると、まるで怪物に変身したかのようにとてつもない力を発揮するのです。(いや、もうハンデじゃなくてボーナスポイントですね)そういうわけで、普段は屋内を避けて山でキャンプ生活を送っています。原題は『The Drifter』。drifter には彷徨える者、狭義には定職につかない者という意味があります。まさにピーターは定職につかず、定住場所を持たず、行く先々でお世話になった人を助けるという形で悪人退治の旅を続けます。これがなぜ『帰郷戦線――爆走――』という、テレ東のお昼のロードショーのB級アクション映画みたいなタイトルがつけられたのかは不明ですが、ピーターの旅はまだ始まったばかり。次はどんな悪人に立ちむかうのか、さっそく続編をチェックしてみましょう。

 

シリーズ二作目『Burning Bright』


 【あらすじ】
 女性研究者キャシディが画期的なAI(人工知能)を開発した。その名は〝タイガー〟。どんなファイヤーウォールも破ってあらゆる機密サイトに侵入できる機能を持つ。それを狙う悪人は元CIA局員のチップ・ドーズ。チップは殺し屋を雇ってキャシディを殺害し、タイガーを手に入れようとするが、それはすでにキャシディの娘のジューンの手に渡っていた。チップに雇われた男たちはジューンを追う。山へ逃げたジューンは偶然出会ったピーターの助けを借りて一旦は危機を脱出するが、追っ手は次から次へとやってくる。彼女を狙っているのはチップだけではなかった。ジューンの父でマッドサイエンティストの異名を持つ天才科学者のサッシャもまた人を雇ってジューンを追っていた。
 サッシャは、政府のある組織から資金援助を受けながら、山奥の施設でドローンや再生可能エネルギーの研究開発をしている。ジューンも幼い頃はその山で父のサッシャと母のキャシディと一緒に暮らしていたが、サッシャはあるときから異常に娘や妻を束縛するようになったため、キャシディとジューンの母娘は山を逃げ出したという過去があった。精神が安定しないサッシャは、政府からお目付け役として派遣されたサリーという中年女性と共同生活をしている。サリーはサッシャを監視しているうちに彼が妻と娘のコンピューターをハッキングしていることに気づき、その流れでキャシディが開発したタイガーの存在を知る。私欲に目が眩んだサリーは人を雇ってジューンとピーターを拘束し、タイガーのアクセスコードを訊きだそうとした。しかしサッシャの活動を援助している政府組織はサリーの企みに気づき、彼女を泳がせながらも、殺し屋を雇っていつでも彼女を殺せる状態にしていた。
 チップ、サリー、政府組織、この三者は偶然同じ、ひとりの殺し屋を雇っていた。男の名はシェパード。凄腕の元軍人。ピーターはミルウォーキーから盟友ルイス呼び、さらに軍隊時代の部下だったマニーにもバックアップを頼む。幾重にも重なり合う事態は果たしてどういう落としどころを迎えるのか?!

シリーズ二作目は前作よりアクションもストーリーも数段スケールアップ!

 一作目の『The Drifter』(邦題『帰郷戦線――爆走――』)は大きな目で見れば序章のようなもの。このシリーズの本当の醍醐味が味わえるのはこの二作目からといっても過言ではないでしょう。まずスピード感が前作とは全然違います。前作は比較的ゆったりとしたテンポでしたが(まあ舞台はアメリカ中西部だし、LAやNYとは時間の進み具合が違うんだろうな……ぐらいに思って私的には納得していましたケド)今回は展開はスピーディーだし内容は、これまたシンプル一辺倒だった前回とは打って変わって複雑さが加わり、ラストはすべてにきっちりとオチがついています。ジューンとピーターのロマンスにもオチがついてしまいましたが……。
 追っ手から逃げているうちにジューンとピーターは魅かれあい、やがて結ばれます。ピーターは相変わらずホワイト・ノイズに苦しんでいるため夜空の下で愛を交わすのですが、初めてのときはそういうシチュエーションもロマンチックでいいでしょう。しかしジューンはラストで、〝私はこれからの人生をテントで過ごす気はない、ベッドで眠れるようになったら知らせて〟と言って去っていきます。それでピーターは、セラピーを受けることとか、元軍人の互助会に参加することを考え始めるのですが、どうやらもうしばらくはこのまま放浪の旅を続けたがっているような様子。まあ、ピーターがホワイト・ノイズを克服して社会復帰したら話が終わっちゃいますからね(笑)。
 とにかくサスペンスあり、アクションあり、ロマンスありと、存分に楽しめた一作でした。唯一残念だったのは、クライマックスのシーンでピーターの盟友ルイス(令和のホーク!)や軍隊時代の部下のマニーらが集結し、すわ! ドンパチ始まるか! というところであっさり事が収まってしまったところでしょうか。読者としてはやや不完全燃焼で放置された感があるのですが、そこは次回に期待しましょう。

 また、一作目と二作目を通して読むと、本シリーズのフォーマットができつつあるのがわかります。まず黒幕の極悪人がいて、そいつは自分の手を汚さないように、行き場を失った帰還兵を集めて彼らに汚い仕事をやらせる。しかしその中にはまだ軍人時代のプライドがほんの少し残っていて、汚いことをしている自分に嫌悪感を持っているキャラクターが必ず一人いるという設定。一作目でそのキャラに当てはまるのはミッデンという男でした。ピーターはラストのぎりぎりの場面でミッデンの良心に訴えかけ、今からでも遅くないから正しいことをしよう、と説得します。センパーファイのスピリットは通じ、ミッデンは最後の最後でピーター側につくのですが、今回そのミッデン枠に入ったのはシェパードという元軍人の殺し屋です。ピーターとジューンを狙ったりもしましたが、ラストではピーターと心を通じあわせてがっちり握手。こうしてピーターはどんどんと味方を増やしていくのです。

 それにしても、一作目よりクオリティが格段に上がっている本作を邦訳しないなんてもったいない。このシリーズは右肩上がりに盛りあがっています。四作目でピーターは南部のメンフィスまで行動範囲を広げ、五作目ではアイスランドまで行っちゃうんですから。

なお、本シリーズにはアクション・ミステリー界の雄、ディヴィッド・バルダッチさんも称賛を贈って送っています。

『素晴らしい。ピーター・アッシュという、これほど多面的な魅力を持つ主人公はめったにいない。テンポよく進むストーリーは計算され尽くされている。また、オリジナリティーのある、流れるような文体を駆使して読者の気持ちをアップダウンさせるのもうまい。辛辣な事実も描かれているが、読者はその重みを感じ、いつまでも忘れられなくなる。次作も楽しみだ――デイヴィッド・バルダッチ』

 

 

 さて、次回は三作目の『Light it Up』をご紹介します。舞台は大麻が合法化されたコロラド。ラストの肉弾戦はエゲツなさがハンパない! お楽しみに!