び~ふぁいる

主に未邦訳の海外ミステリーについて語ります

第7回 ウィル・カーヴァー その1

 今さらですが、本ブログのタイトルはなぜ『び~ふぁいる』なのかといいますと、それはAファイルが存在するからです。あくまで私独自の判断基準によるものですが、Aファイルから洩れた作品についてあれこれ不満を述べる場にしよう、というのが当初のコンセプトでした。

 しかししょっぱなからB物を紹介するのもいかがなものかと思い、始めは良作から飛ばしてまいりました。ですがここで初心に帰り、『び~ふぁいる』の名にふさわしい作品をご紹介したいと思います。

2021年最大の誤算! ウィル・カーヴァーのペイス部長刑事シリーズ

 各種書評サイトで軒並み高評価を得ていたので、期待して一気にシリーズ二作を買ってしまったのですが、これが大撃沈……。まあ、『び~ふぁいる』の面目躍如ということで、早速ご紹介いたしましょう。

『Good Samaritans』ウィル・カーヴァー

【あらすじ】

 イングランド中部の州、ウォリックシャーでこの二カ月の間に若い女性の殺人事件が二件発生。いずれも被害者は絞殺され、身体を漂白剤にさらされた後ビニールシートでぐるぐる巻きにされて藪のなかに遺棄されていた。担当しているペイス部長刑事は被害女性の共通点を探していたがまったく見つからず、捜査は暗礁にのりあげていた。

 三十代半ばの夫婦、セスとメイヴは倦怠期をむかえていた。夫のセスは会社で仕事や人間関係のストレスを抱えているが、帰宅すれば当たり前のように夕食を作り、妻のためにワインを冷やし、食後は酔ってソファで寝落ちした妻をベッドまで運ぶ。夜は不眠に悩まされ、朝方ようやくうとうとできたかと思うと、妻の無神経なドアのあけ閉めの音に起こされてしまう、という生活を送っていた。

 セスは、眠れない夜を埋めるために、会社の顧客リストからランダムに女性をピックアップして夜中に電話をかけまくっていた。大抵はつっぱねられるのがオチだが、ごくたまに話に付き合ってくれる女性もいた。彼女たちもやはり孤独なので電話でのセスのおしゃべりに付き合ってしまうのだ。今回引っかかったのは、自殺願望のあるハドリーという若い女性だった。実はハドリーはセスを自殺防止のための電話相談センター『よきサマリア人』のスタッフと勘違いしていて、話を聞いてくれるセスに好感を持ち、また明日も話す約束をする。

 翌日ハドリーは『よきサマリア人』に電話をしてスタッフのセスと話したいと言うが、勿論そんなスタッフはいない。応対した二十五歳の青年アントは、自分でよかったら話を聞くと申し出たがハドリーは電話を切る。彼女が話したかったのはセスなのだ。拒絶されてプライドを傷つけられたアントは、着信履歴に残った電話番号からハドリーの住所をつきとめ、彼女をストーキングし始める。しかしアントのなかでその行為は彼女を自殺させないためだ、と正当化されていた。

 セスがハドリーに電話をすると、彼女は喜んだ。ふたりはやがて心をときめかせながら会う約束をする。妻のメイヴは夫の行動に気づいていて内心いい気はしていなかったが、衝突を避けたいため黙認していた。

 いよいよセスとハドリーのデートの日。パブで飲んだあと、二人はセスの車のなかで盛り上がり、セスは激情にかられてハドリーを絞め殺してしまう。セスにとってそれは初めてではなかった。彼はストレスのはけ口に夜な夜な女性を電話で引っかけては外で会う約束をし、殺していたのだ。ハドリーは三人目だった。そう、ウォリックシャーでこの二カ月の間に起きていた若い女性の殺人事件の犯人はセスだったのだ。家に死体を持ち帰ると、いつものように妻のメイヴが漂白剤を使って死体を洗い、セスのDNAが残らないようにした。その共同作業によって夫婦は一時的に絆を取りもどしていたのだった。実際そのあとは夜の営みも激しくなり、夫婦間の情熱は戻ったかのように思われるのだが、またしばらくするとセスは電話で女漁りを始める。そこにメイヴは強い不満を感じていた。自分はいつまで夫の尻拭いをしなければならないのか、と。そんな折、危機がやってきた。

 ハドリーをストーキングしていたアントにセスは犯行を目撃され、携帯電話で写真を撮られてしまったのだ。アントはプリントアウトした写真をセスに差しだして脅迫をするが、要求は金ではなくセスへの弟子入りだった。殺害現場を目撃したアントの心には、自分も人を殺したいという欲望が芽生えていたのだ。セスは、四人目の女を捕まえてアントの家に連れて行き、彼の前で殺しの実演をすることを約束するが、そう簡単にターゲットは捕まらない。そこで妻のメイヴを連れてアントの家へ。

 セスはアントに殺しの指南をするふりをしながら隙を見て拳銃を突きつけて脅し、写真のデータファイルのパスワードを吐かせてからアントを殺した。メイヴは隙を見てその銃を拾い、夫のセスを射殺し、連続女性殺人事件の共犯同士が仲間割れしたように見せかけた。ペイス刑事はメイヴにうっすらと疑いを抱きつつ、連続女性殺人事件の犯人はセスとアントだったということで事件の幕引きをした。

う~ん、クセが強い、強すぎる!

 本書はペイス部長刑事シリーズの第一作目なのですが、うーん……かなりイギリス的なクセが強い、といった印象。文体や言葉選びに著者独自のこだわりがすごく反映されています。基本的に一文は短く、リズムや響きにまで細心の注意が払われ、頭韻(というか、同じ主語の繰り返し)が多用されています。大げさに言えば、詩寄りの小説といった感じ。特にメインキャラのペイス部長刑事が登場するシーンになると文体はやたらと韻文調になります。まあ映像で言えば、ある人物が登場するたびにテーマソングが流れる、みたいな効果を狙ってのことでしょうか。

一見不思議ちゃん、中身はめちゃ常識人ペイス部長刑事

 この刑事、具体的にはどういう人物なのかさっぱりわかりません。黒革のロングコートを肩にかけ、彼が歩けば背中から黒い炎がたなびき、彼が触れた物はすべて黒く変わり、存在自体が影のような男……という描写がなされています。察するところ、自分を疫病神だと思っている御仁の様子。原文では〝黒い〟にdarkが使われているのですが、始めはこの解釈に混乱しました。ひょっとして単なる黒人か? 黒すぎて影と同化しているという意味?とも考えましたが(いや、それはポリ・コレ的にまずい?)やはりdarkは心の闇を指しているのでしょう。しかし、おいおいそのミステリアスなベールは剥がれていき、ちょっと強迫観念が強い普通の人、といった素顔が見えてきます。捜査においても特に名推理ぶりを披露するといったこともなく、むしろ凡人ぶりを発揮して乾いた笑いを誘います。でもこの凡人ぶりが親近感につながって意外と読者の心を掴むかも?

 ラストでは、事情聴取にやってきたペイス刑事の暗い魅力にメイヴは魅かれていきます。ここでエンディングとなりますが、メイヴはこの先もペイスに絡んでくるようです。(ちなみに第二作目では、ペイス刑事はあっさりメイヴの誘いに乗って関係を持ちます。めちゃ凡人です)メイヴはこの先ペイスにとってのアイリーン・アドラーとなるのでしょうか。

 

 

 ウィル・カーヴァーが醸しだす独特のユーモアや、途中に挟まれる結構濃厚な性描写には好き嫌いが分かれるかもしれません。作中では、被害女性のうちの一人のハドリーの心に巣食う自殺願望のエピソードにスポットが当てられている場面がありますが、カーヴァーは〝自殺〟にこだわっているらしく、第二作目でもメインテーマとなっています。

 というわけで、次回は本シリーズの二作目『Nothing Important Happened Today』をとりあげていきます。一人の精神科医が254人もの人間を自殺に追いやったという話なのですが、なんと、最後の255人目のターゲットとしてロックオンされたのはペイス部長刑事でした。さて、どうなることやら?!